2011年12月12日

神戸にひっそりと佇む貴石 「MID-NIGHT SUN」


 「サンドロップ・ダイヤモンド」

相変わらず更新が滞っており、申し訳ございません。

まずはオークションでの話題をひとつ。

少し前の話題ですが、先月、サザビーズで「サンドロップ」と名付けられた世界最大のイエローダイヤ(110.03カラット)が、同種のなかで過去最高の金額で落札され話題になりましたね。
推定落札額の範囲内でしたが、予測されていた金額よりは低かったようです。
(原石は、昨年、南アフリカで発見された)

http://youtu.be/aoPpYsp_wH8

ロンドン自然史博物館で一般公開されていたペアシェイプ(ティアドロップ)の美しいイエローダイヤ。私はイエロー系の石が好きなので、とても魅力を感じます。

ファンシービビッドイエローのカラーで、クラリティーは「VVS-1」です。
一度見てみたいものですね。






「異人館に眠るビッグトパーズ」


先日、神戸・北野の「異人館」に行ってきました。

異人館は以前にも訪れたことがあり、今回は以前回りきれなかった所を見てくることがひとつの目的でしたが、その中で最大の目玉であったのは、「プラトン装飾美術館(イタリア館)」です。

訪れると中には何気なく 「ルソー」「コロー」「藤田 嗣治(レオナール・フジタ)」「ミレー」等、その他の貴重な絵画が飾られていました。

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「テオドール・ルソー」「ジャン・F・ミレー」
クリックすると大きな画像でみれます



他にも、家具・銀器・食器・彫刻等の素晴らしい作品の数々。
「異人館」の中でもかなりお薦めの館のひとつです。


その「プラトン装飾美術館」の地下にあるレストランで(南庭テラスにあるカフェとは違います)、運良く予約なしで家族でランチを楽しむことができました。

ワインセラーの手前にある小さな部屋で、大きな200年前程のテーブル・椅子が一セットの席で、美術品等を眺めながら、ほぼ独占?で食事ができます!

なんと、「ロダンの彫刻」や「小磯良平のデッサン(リトですが)」、「王冠」、「大理石の中でも貴重で珍しい価値のある石材を使った彫刻」、「超高価であろう年代物のワイン(ワインは詳しくないので、どれほど凄いのか分かりませんが…)」等に囲まれながらのお食事です。

たまたまその時間帯に予約が入っておらずラッキーでした。装飾美術館と名前がついているとはいえ異人館ですので、普通の美術館ではちょっとあり得ない独特のものですね。


私は絵画も好きで特に日本画を好み、たまに美術館等の美術展を観に行きますが、この部屋に飾られていた、「鴨居 玲」の画にとても魅力を感じました。


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「ロダン」「小磯良平」クリックすると大きな画像でみれます
(ガラスに反射するので、斜めから撮っています)





また、この館には他の美術館が喉から手が出るほど欲しがる美術品が目白押しだそうで、展示されていない貴重な作品がまだあるそうです。

そして、その中にとても大きなトパーズの宝石が佇んでいました。
重さは実に「2,005カラット!」だそうで、「真夜中の太陽(THE MID-NIGHT SUN)」と名が付いていました。

追記: この異人館に展示されているトパーズは、以前の記事にも記した、ポルトガルの王冠に飾られている有名な「ブラガンザ・トパーズ」より大きなトパーズです!!


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「真夜中の太陽」クリックすると大きな画像でみれます
(写真が上手く撮れませんでした)




狭い部屋だから?なのか、そのような大変貴重な美術品・装飾品が、なにか無造作に置かれていたことに驚きました。
美術品等にそれほど興味や知識がない人は、まさかそのような貴重品が置かれていることにも気付かないのではないかと思えるほど、無造作な置き方(展示の仕方)でした(笑)

実際、そこは食事の場所兼展示室でもあるので、私達がランチを楽しんでいる間にも他のお客さんが何組か訪れていましたが、その中でロダンの彫刻に気付いた人はいませんでした!
単に古そうな彫刻が置かれているとしか思っていなかったようです。

しかし、トパーズには誰もが関心をもったようで、皆さんが珍しそうに仲間と会話をしながら眺めていました。
その貴重なトパーズも他の貴重品と同じく、無造作に隅の方に展示されていましたが、この館にそのような大きく貴重なトパーズがあるとは私は全然知らなかったので嬉しい驚きでした。

皆さんも機会があればぜひ訪れてみて下さい。


また、シーズンなので「神戸ルミナリエ」にも行ってきました。

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「ルミナリエ電飾」クリックすると大きな画像でみれます



光の電飾の美しさは、もちろん見事で綺麗でしたが、終点の公園?にある電飾のワイヤーの量には驚きました。大変な作業だったでしょうね。

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「張り巡らされたワイヤー群」クリックすると大きな画像でみれます



神戸には何か他の地域にはないものを感じます。すべての印象が心地よく、大好きな街のひとつです。
この街には、個々の能力と責任で物事を対処して行く社会、「世知辛さ」のない古きよき時代のなごりがまだ少し残っているように思います。
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2011年09月13日

「神風が吹いた日」

ご無沙汰していました。その分?、長文となります。
ご了承ください。


「米ドル不信」「ユーロ暴落」

世界的に「ドル」の不信感が止まらないようです。

市場がドル売りを続けるのは、アメリカ経済に不信感を抱いているからであり、アメリカの国民に厳しい現実が突きつけられたレイオフ、高い失業率と長期の失業。
アメリカ経済の惨状は私達の想像以上なのかもしれません。

当然、世界各国の投資家、及びアメリカの国民からの信用は著しく失ってきており、アメリカ経済の不信感がドルの不信感となり、そして世界の基軸通貨である「ドル」が崩壊?の危機に陥っています。  


アメリカの経済事情は深刻です。
慢心があったのでしょうか? アメリカは産業界が育っていない。
その予兆は随分前からあったように思います。

私は、日本に限らず、経済の屋台骨ともいえるアメリカの「自動車業界」は衰退するだろうとかなり前から思っていました。
顧客のニーズに合っていない車しか生産・輸出してこなかったからです。

まず、我々日本人から見て、どういう事情と思惑、あるいは規制?があったのか分かりませんが、一貫して右ハンドルの車を輸出してきませんでした。

舶来品として左ハンドルを有難がっていた時代などとうに過ぎていたはずです。

翻って日本の自動車メーカーは、輸出する国の交通事情に合わせることはもちろん、同じ車種でもその国のニーズにあった仕様に合わせることを徹底していました。

例えば、あまり経済発展していない国への輸出車などは、わざと塗装のグレードをかなり落とした仕様なども生産し、「高級過ぎない」仕様とすることによって、見た目も逆に受け入れやすくし?、顧客のニーズに応えるようなこともしています。

内装などのグレードもそうですが、サスペンションやアブソーバーなどの足回りなども、その国の好み・慣習、道路事情など、末端消費者のニーズを徹底的に調べ合わせることなどに努力を惜しみませんでした。
(もちろん、その国の規制や法規的なことをクリア・考慮しながらなのは言うまでもありません。)

上記のことはホンの一例です。アメリカ車が日本以外の国への仕様をどのようにしていたのかまでは私は知りません。

しかし、少なくとも日本仕様への「気遣い」は一切なかった。日本の自動車メーカーではあり得ないことです。

いつまで経っても燃費がそれほどよくない左ハンドルの大きな車を売り続けていました。
そのような姿勢ではいかにビッグ3といえども、物が溢れた厳しい時代には太刀打ちできるはずがありません。

ドイツ車も昔は左ハンドルが多かったですが、今はそんなことはありません。どんどん高性能な車に発展していっていますし、つまらない故障も弱かった電気系統も改善されました。


いつだったか、アメリカも小型車や燃費のよさなどの世界的なニーズに合わせるべく、「ネオン」という名の小型車を発表したときは日本も相当注目していました。

その「ネオン」を日本のメーカーがバラバラに分解して徹底的に調べたらしいのですが、あまりの溶接部分の少なさに驚いたそうです。

それは、技術的に優れているという意味で驚いたのではなく、まったくの逆で、別に革新的な部品の接合技術を駆使していたわけではなく、単に通常の溶接箇所が極端に少なすぎていただけであり、日本車ではあり得ないあまりにいい加減な仕事に日本の技術者は驚いたのです。

そんな仕事ぶりでは、日本やドイツの優秀な車に太刀打ちできるはずがありませんね。

能力とそれを発揮する資本はあったはずなのに、努力を怠ったビッグ3の衰退は必然的なものだったはずです。

ただそれでも超大国アメリカですので、自動車メーカーの衰退の予測はある程度はしていても、こんなにも早くここまでの惨状に至るとは思ってはいませんでした。

9:11、リーマンショック、ユーロ危機、様々な事情があったのでしょうが、すべてにおいて超大国故の慢心していた部分もあったのではないでしょうか。

ユーロも危機的状態が続いています。それがさらにアメリカ経済の衰退に拍車をかけています。
つまり、世界経済は何年も前からずっと危機的状態を続けている。


世界的な株価の暴落とドル不信。そして米国債というカードは中国に握られています。

今、世界経済は綱渡りの状態です。中国もこのカードの使い方次第では下手すれば自国の首を絞めることにもなりかねない。

アメリカ、ユーロ、日本のみならず、中国を含めたすべての国々が戦々恐々としているでしょうし、裏で慎重さを伴った様々な戦略的駆け引きが行われているはずです。


ギリシャ経済の破綻も懸念されます。どこも解決策を見出していません。
世界同時不況で墜落の連鎖が起きないよう祈るばかりです。





さて、デフォルトの危機にさらされているといわれる米国債ですが、借金大国といわれる我が国日本はどうなのでしょうか。

経済に明るい人は私などよりはるかに詳しく分かっているでしょうが、一応ここでは私の浅い知識を前提とした上で簡単に述べてみたいと思います。


「米国債」は中国や日本が莫大な額を保有しているように、海外の保有率が50%以上です。
翻って「日本国債」の海外の保有率は1割にも満たない5%ほどです。

これは何を意味するかというと、ある意味日本では身内のお金だけで賄えているということです。
外国や海外の投資家の資金の依存度が高いということは、不安定を意味します。

日本は稀なケースだと思いますが、ほぼ国内の資金だけで運営されているということは、ある意味安定を意味するのです。


日本国債の多くは各種金融機関が保有するものですが、これは間接的に預貯金等を預けている日本国民が保有しているということです。
つまり日本国民はお金持ちだということですね。

日本国民のみ(90%以上)で国にお金を貸して運営が成り立つことができているということであり、日本の個人金融資産は国の借金(約800兆円)を大きく?上まわっています。


デフォルト(債務不履行)が起こるということは国が財政破綻するということですが、単純には借金が返せなくなって経営が成り立たなくなった会社のようなものです。

債権の発行元の信用がなくなってくれば、高い金利でしか貸せない(つまり利回りがよくないと債権を買わない)ということであり、次第に高金利となり、財政がよくないのに金利を沢山払わなければならないとなると、金利の上昇に伴い借金が返せなくなって、終いに破綻していまいます。

このように、国の借金も大雑把に言えば個人の借金などと基本的には同じことですね。



世界的に見てもかなりの借金大国の日本ですが、現在の借金ではまず破綻は起きないと思います。

それを支える分母が借金の額上まわっており、堅実な日本人は資産を預貯金に回しています。(もちろん、預貯金がリスクがないというわけでは決してありませんけどね)

国民が納める税金(税収)のみならず、その莫大な個人金融資産(約1,400兆円を超える)が国債を支え国の財政を支えているともいえます。

ひとつの会社・企業と同じように、借金があれども母体に資金繰りを続けることができるキャパシティーがあれば運営を続けて行けます。

その意味で、単純には日本という国はリスクが少なく非常に安定性のある国であるといえ、ひとえに日本人らしい堅実な国民性がこの国の安定性を支えているとも言えます。


では日本は大丈夫かというと、そうともいえません。
まず、借金がこれ以上増え続けると確実に問題となるのでこれ以上増え続けないような対策が必要となってきます。

借金がたとえ大きかろうが、その金額を維持しているうちは大丈夫ですが、当然のこととしてどんどん増え続けることは問題となります。

景気を回復して経済復興し国を元気にすることはもちろん意味のあることですが、逆に景気が回復することによって個人や会社の資金の矛先(投資先)が株等の他の金融商品に移動すれば、国債の金利は必然として上昇傾向となります。

この事は、借金が増えることに繋がる可能性があります。

景気が回復しても単純に借金が減るという現象に必ずしもならないことに経済の難しさがあります。
商売をしている人はなんとなく感覚的に理解できるのではないでしょうか?

同じように、米国経済に先行きの見通しがついた場合、米国債から株やドル等に投資先が移動するようになります。
ややリスクを受け入れる方向に向かうということですね。

逆に、日本の財政不安が今以上募ることによって、同じく他の金融商品や他の外資などに資金が分散すれば国債の金利が上昇する傾向となります。
これはリスクヘッジの意味合いが強いということですね。


何かをきっかけとして金利の上昇が想像以上に大きくなれば短期的に日銀が介入して買い支えることになりますが、日銀が介入しすぎると札のダブつきに繋がり、円の価値が下がってしまいますので必要以上の介入はできません。

あくまでもこのようなことは市場が決める(生き物のような市場の動向による)ものなので、その動きがドラスティックなものになれば銀行や国がコントロールできるものではありません。




国の借金が増えるということは、歳出が歳入を上まわり、その補填のためという意味合いがあります。(元本、並びに利子の返済を含め)

国の支出の中に公共調達がありますが、公共工事などの建設・土木関係の仕事の他に、役所で使うデスクや事務用品などから自衛隊の装備品まで、ありとあらゆる様々なものが入札・契約されています。

なぜか一般の国民は建設・土木工事の無駄ばかりを取り上げますが、それ以外のものの調達ほうが無駄だらけです。

建設・土木工事ほどは叩かれない他の調達は、極端に言えば、昔ほどではないにしろ、今でも好き勝手な横暴・癒着・高額入札が蔓延っていますが、そのようなことがかなり改善され、特殊な工事や業者が極端に少ない業務以外はほとんど談合もなくなってきた公共工事ばかり未だに叩いています。

このこともメディアにコントロールされている典型例のひとつでしょうね。

また、このようなことを一般人に分かり難くすることは役人、あえていえば官僚の得意とするところです。
物品等の調達なども工事関係に比べると不思議なくらい情報量が少ない。
不自然です…


ちなみに、財務省の「外貨準備及びその他外貨資産」の表において、「証券」の中の米財務省証券(米国債残高)を公表していません。
官僚たちはいつもこんな感じで煙をまいているのです。

エリート達は完全に馬鹿にしているんですよ。自分達がある程度コントロールできると慢心しているんです。
しかし、悲しいことに現実はその通りです。


なお、契約書類の一部分では民間の企業が作成・調達している場合もあります。
金額は知れていますが、各自治体の限られた企業のほぼ独占です。
このことは情報量が少ないことも少なからず関係していると思われます。

このような工事関係以外のことを取り上げたらきりがありません。
上記のことは高が知れたことですが、物品、物件、その他の調達にはもっとすごい内容がありますよね。

天下りの関連企業が絡んでいるのはもちろん、高速道路の料金所のETCの作動機械や、自衛隊の……色々と考えてみてください。


また、入札、あるいは電子入札方式そのものにも、セキュリティーに関することや、ある金額以上の時の登録システムその他に、一部の企業が独占、あるいは10数社の認可企業が参加していて、入札に参加する者はそれらに関する手続きは必ずしなければならないシステムとなっており、それには手間のみならず、そのような認可企業がセキュリティー等を担っていることに対し、入札者側のお金の出費も当然必要となり、莫大な金額が動くこととなります。

このようなシステムに関して詳しく調べたわけではないので批判するつもりは現時点ではありません。

ただ、個人的にはそこまで徹底された、且つ、複雑なシステムの必要性に疑問符がつきますし、そのシステムを営むには大きなお金の動きがあるのは事実です。

公共の入札にセキュリティーがそこまで重要なのかも少し疑問です。ある意味、部分的には情報開示という意味でオープンでよいと思うからです。
(入札前の守秘性は必要ですが)

もちろん、一部の調達にはセンシティブなものがあるのは分かりますが、そうではない通常のものがそこまで必要なのでしょうか?

少なくとも、複雑ゆえの事務負担がものすごく増えています。
アナログである、以前の紙入札のほうが「はるかに効率的」なのは間違いのないことです。

実際に以前は紙入札で問題なく行われていたのです。わざわざ非能率的、且つ、費用が掛かるシステムにするそのメリットは?

そこまでのシステムにしなければならないということは、以前の紙入札の時代には相当な問題があったということの裏返しの意味になりますが…

旧システムが能率が悪かったというのなら分かります。お金が多少かかってもITを駆使したほうが効率的だというのならまだ分かる。

実際には、現システムのほうがどうしようもなく非能率的。思い浮かぶメリットは、データの保存力が旧時代より上だろうくらいです。
少なくとも改善の余地は大きくあるように思います。



ちょっと話が飛んでしまいました。
この公共調達は小泉政権から大幅に削減されてきましたが、この支出を大きくすることによって、借金は増えるが個人金融資産は増えることにもなります。

逆にこの支出を大きく抑え削減すれば、個人金融資産は減って行くことにもなります。

この辺のバランス感覚が難しい。単に減らせばいい、増やせばいい、あるいは税収が増えればいいという事ではないのです。

借金の負担と経済規模のバランスをコントロールするには、これ以上の借金の増大を防ぎ、まずはプライマリーバランスを正常な状態に持って行くという、当たり前で基本的なことそのものが大変難しいことなのが経済の恐ろしさといえるでしょうか。




「脱原発と軍産複合体という怪物」

ドイツ等に見られるように、世界各国のなかには東日本大震災が起こる以前から脱原発を訴えていた国も多く、そのような国では大震災後にさらに脱原発を求める声が大きくなっています。

その一方で、中国やインドなどの新興国?に見られるように、原発拡大の意向を示している国々も多く存在するのも事実です。

また、そのような国々に技術支援等をする国も当然のことながら存在します。
そう、日本やアメリカなどの先進国ですね。

そして、アメリカの意向として、日本が脱原発に向かうことを手放しで容認するとは思えません。
原発に関係する様々な分野で利権に群がっているのは、なにも日本の原発や電力会社に絡む政治家やマスコミ、各特殊法人や経産省OBの天下り等だけではありません。

スリーマイル島の原発事故以来、アメリカでは現時点で国内での脱原発の様相を呈していますが、支配者たちは活動の土俵をシフトしているに過ぎません。

アメリカが主導する、「核兵器不拡散条約(NPT)」の条約には、「核不拡散」と「核軍縮」等が条文にある一方、「締約国の原子力平和利用の権利」も重要な目的とされているものであり、この条文(第4条)なしでは、この条約自体があり得なかったはずです。

特に超大国アメリカが、「第4条」なしでの核軍縮は絶対にあり得ないことですし、物事の急激な変化は中々望む事のできない国際社会での現実的な問題としても、当然の如く必要な条文でもあったのでしょう。

多くの日本国民が切望する脱原発はこのような思惑からも外れている行為であり、米国を裏から支配する軍需産業や国防を担う機関、米国の権力者たちが日本の脱原発を望むはずはないでしょう。



ただ、時代は大きく変わりつつあります。世界的世論の脱原発の意向が深まりつつある中で、幸か不幸か技術的な信頼を持つ日本で原発事故を伴う大震災が起きました。

アメリカのスリーマイル島の事故もそうですが、高度な技術と管理能力を持った大国でもまったく制御することはできないという姿を全世界に知らしめました。

特に日本の福島第一原発の事故は、日本ほどの技術大国がヘリ一機でバケツの水をかけるような原始的でお粗末な策しか講じられませんでした。
あの時、慌てたのはアメリカの方だったのかもしれません。

アメリカが積極的に日本に協力してくれたことは感謝しきれませんが、あのお粗末な姿を見たアメリカの首脳陣は驚愕したはずです。
さすがにほっておくことはできなかったのでしょう。

いくらなんでも日本が壊滅してしまったら、アメリカを含め世界的に計り知れないダメージがありますし、飛び交う放射線量はとんでもないことになる。

つまりあの時アメリカは、「日本だけでは最悪の事態を回避できない」「このままでは収束できない」と見切ったからこそ、自国アメリカへの不利益を避けるため、あわててさらなる積極的なコミットメントをせざるを得なかったのでしょう。



長い間行われていた事を急激に変えることは無理ですが、徐々にエネルギー市場は違うものに変わって行くと思います。

アメリカの力が弱まっていることは世界的に憂う状況といえます。アメリカの支配力が強かったことは弊害ももちろんありますが、恩恵も沢山受けてきました。

アメリカが弱体化することは、部分的には脱原発に弾みが掛かると同時に、国の発展のため原子力をこれからも積極的に推進する中国等の勢いのある国の躍進を抑えきれないということでもあります。


あらゆる意味で今までとは違った方向に世界は大きくシフトして行こうとしているように思います。




さて、不適切発言から辞任した鉢呂氏に代わって、菅政権で官房長官だった枝野幸男氏が経済産業相となりました。

菅内閣の後継色を払拭したい野田首相ですが、あまりに経験不足の人ばかりの入閣であり布陣でしたので、要請せざるを得なかったのでしょう。
民主党内でも不調和音が流れるのは必至です。

また、前政権の官房長官の入閣に自民党と公明党の批判は収まらないでしょう。


しかし、この「官僚」「自民党・公明党」並びに「電力会社」が警戒を強めている事実。
これこそが政権交代時に国民が望んだ、「脱自民」「脱官僚依存」の姿だったのではないでしょうか。

民主党も菅前首相への国民の失望だけに捉われていては、政権交代した真の意味と意義を見失ってしまいます。

菅前総理大臣は確かに想像以上に無能だったといえるでしょう。民主党そのものの国民の失望も分からなくもない。
ならば、他の政治家は有能なのか? 他の政治家ならば、この国の将来を健全な方向に進められたのでしょうか?
 答えはNOです。

あの日、あの時、自民党がもし政権を続けていたら、原発事故においての隠蔽工作は民主党よりはるかに酷く醜いものだったはずです。
この事の重大さが分かるでしょうか。想像しただけでも恐ろしいことなのです。

この意味、この事は、政権交代したことで、他のなによりもラッキーな事だったのです。
ツキは日本国民に味方した。


また、菅前首相のその考えが、皆が言うように、たとえ非常に浅はかなものから来ることだったにしろ、結果的に脱原発の意向を明確に示し、また、「浜岡を停めた」ことは、国民にとっても、旧態依然とした体制にとっても一大センセーショナルなことで、旧体制のままだったのならば絶対にあり得なかった事であり、その意義はとてつもなく大きい。

原発自体は停めるだけでなく廃炉にしなければ意味がありませんが、民主党内を含めて、他の政権・他の内閣だったのならば、浜岡原発は停止さえもあり得なかった。

その事実は、確実に流れる方向を変えたのではないでしょうか。

また、原発事故後、尋常を逸した無責任さを臆面もなく示した東電が事故後すぐに撤退を申し入れた時、菅前首相は直後に東電本店に乗り込み「撤退などあり得ない」と幹部らに迫った事実は、良くも悪くも、菅前首相の性格が功を奏した典型例です。

もちろん、菅前首相のお粗末な政権手腕は呆れるほどのもので、とてもじゃないが一国の総理大臣としてのリーダーシップを発揮できる人ではありませんし、任せられる人ではありませんでした。

だが、それでも自民党政権ではなくてよかったと、私は心底思っています。



我が国は敗戦から不死鳥の如くよみがえり、世界有数の経済大国と技術大国となりました。
日本人の力と国民性がそれを可能としたのは間違いありませんが、様々な幸運や好条件も味方したのです。

そして今年の3月、不幸にも大きな震災が起きました。
ですが、震災前に政権が交代していて、震災時は菅政権だった。
この時代の流れとタイミングをよく考えてもらいたい。



2009年8月末日
この日、この時、日本に再び神風が吹いていたのです。

神様と世は、日本という国の力をまだ必要としているのではないでしょうか。
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