2010年05月12日

「デビアス」の功績 二十世紀に最も成功した広告

ダイヤの人気を決定づけた最高のキャッチコピー


「デビアス」は市場に出す原石の供給量をコントロールすることにより、価格カルテルを支配しています。

この圧倒的且つ、独裁的な権力はマイナス面はあれど、逆にダイヤモンド業界にとって安定した価格が維持できるプラス面も存在してきました。

小売業に限らず、商売人にとって「価格の安定と維持」は、販売力・営業力などは取り合えず置いておくとして、多くの者、多くの会社・企業が望んでいることも事実でしょう。

そして「デビアス」がダイヤモンド業界に貢献していることはこれだけではありません。


デビアスが力を注いできたことのひとつに、人々の欲望と虚栄心をさらに焚き立てる「広告戦略」があります。

商品を販売するためには、商品そのものの良さと価値だけでは十分ではありません。
ましてや、価格がある程度コントロールされているとはいえ、毎年膨大な量が採掘されている商品です。

ダイヤに限らず、商品の販売戦略のひとつとして「広告」は重要な役割を担っています。


1930年代の末、デビアスの当時の皇帝、「アーネスト・オッペンハイマー」は、ニューヨークの広告代理店と契約し、当時低迷していたアメリカでの販売戦略を強化しました。

その広告代理店は様々な魅力的な広告キャッチコピーを世に送り出してきましたが、中でも40年代後半にその広告代理店の女性コピーライターがひねり出した短いキャッチコピー
「ダイヤモンドは永遠の輝き」 は、ダイヤのキャッチコピーの代名詞とも言え、二十世紀最高の広告と言われました。

その広告代理店、そして「デビアス」の広告戦略は、「愛」と「永遠性」と「ダイヤ」を上手く結びつけ、「男性の顧客」と「求婚・婚約・結婚」、そしてそれに伴う「慣用性」を見事に結びつけることに成功しました。

ダイヤのイメージと価値をさらに高め、今日の宝石業界に与えられたその恩恵は大変大きなものだったと言えます。


ダイヤの価値が認められ、さらに「贈り物」としての慣用性が高まることにより、「結婚」以外のイベント時期(バレンタインデーやクリスマスなど)にも利用されるようになりました。

さらにもうひとつの付加価値として、ほとんど指摘されていないことですが、宝石を求める「男性客」が多少なりとも増えたということも挙げられます。

女性に贈るため、「求婚・婚約・結婚」のための贈り物として男性客がターゲットになって、顧客となったのは当然なのですが、実はそれだけではありません。

元々が男性はコレクション好き、物集め好きであり、日曜大工などに使う道具を必要以上に集めたり、沢山の用途の釣竿を集めたり、ミニカーを集めたり、パソコンの機械そのものに凝ったり、女性以上に物に「こだわり」を持ち、女性以上に「凝り性」なのが本来男性のサガといえます。

子供の頃、そこらに転がっている単なる石にも、より興味を示したのは男の子の方ではないでしょうか?

それまで、宝石などに興味がなかった男性の中でも一部の人は、女性に贈るものとしてではなく、「自分自身がコレクションするため」に購入するという人も増えたのではないかと思います。

たぶん普通の人が思っている以上に、宝石の「男性ファン」は意外に多いですよ。


「高級品」を求める人間の欲望も途切れることはありません。

その欲望と興味に一役駆っているのが、「クリスティーズ」や「サザビーズ」などのオークションです。

様々な品が取引されるオークションですが、その中で特に高額なエスティメイト(落札見積価格。過去の実績や現在の市場動向、出品物の状態などからの落札予想参考価格のこと)が提示されている品があります。

一部の大金持ちだけが権利を持ち(そうじゃない人はそれに参加するだけの「資金がない=権利が必然的に持てない」という意味で)、高額なる特別なダイヤなどの取引が行われる度、人々は宝石及びダイヤモンドにさらなる憧れと価値を見出すことになります。
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2010年06月03日

「デビアスの皇帝」

「デビアスとオッペンハイマー」

南アフリカ、ケープタウンの兄弟が所有していた農場が採鉱地となった鉱区を、後に「セシル・ジョン・ローズ」が買い上げ、その兄弟の名前がついた鉱区の名から「デビアス・マイニング・カンパニー」を設立しました。
それが「デビアスグループ」の前身です。

後に「デビアス」を支配したのは、ドイツ系ユダヤ人の「アーネスト・オッペンハイマー」及びその子息です。
(ちなみに、デビアスの創始者「セシル・ローズ」はフリーメイソンだったと云われています。)


第一次世界大戦が勃発してから、多くの鉱山が閉鎖され商品は急落しました。

その中で南アフリカの保護領となっていた現在のナミビアは生産を続け、世界の供給量のかなりの割合を占めるようになり、南アフリカの保護領の行政官は重要になった鉱山をある企業に売るよう所有者達に圧力をかけ、そのことに同意しました。

その企業が「アーネスト・オッペンハイマー」の会社だったのですが、「デビアス」の重役達は、根回しを巧妙に行ってきたオッペンハイマーの行動を理解していなかったようで、重要な「ナミビア」を失うことになります。

「ナミビア」での大成功を収めた後もオッペンハイマーの野望は衰えず、様々な採鉱地を自分の支配下に置くと共に「デビアス」の株を増やし続け、ついに49歳の若さでその世界での頂点に君臨することになります。

1929年12月、デビアスの取締役会で会長の座に就くことに決まり、有力且つ有能な親族に恵まれその利点を最大限に生かした切れ者の「サー・アーネスト・オッペンハイマー」は、ダイヤモンド業界の巨人「デビアス」の皇帝となったのです。
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2010年06月04日

「デビアスの価値」 価格カルテルと経済

「デビアスの価値と経済」

現在はこの不況により宝石の値段もかなり安くなって来ているのではないかと思います。

各国々の経済状況より値段の相場は当然変わってくるものであり、かつては投資の対象にも利用され財産にもなった絵画等もかなりの値崩れが起きています。

絵画などでもそうですが、宝石・宝飾品の文化が根付いている欧米と違い、日本の宝石界の事情は景気に左右されやすいといえます。(欧米でももちろん左右されるでしょうが・・・)

この不況はなんともしがたいですが、他の業界も仕事の単価や商品の値段の落ち込みは大きく、とても経営が成り立たないほどの酷い業種・業界も多いです。


仮に「デビアス」の価格コントロールがなかったら、日本、いや業界全体での過去から現在へのダイヤの価格はどうなっていたのでしょうか?
想像もつきませんが、下げ幅はともかくとして、ダイヤの価格だけでなく他の宝石の価格への影響にも飛び火しているのは間違いのないことでしょう。


ある意味「デビアス」の価格カルテルは、市場の自然な競争原理に背いたものと言えるかも知れません。

新たな供給源を開拓した者も、デビアスが長年掛けて築いた「価格の安定と維持」の恩恵を必然的に授かることも出来るでしょう。

一般消費者から見れば、企業努力ゆえの結果なのだから当然だと思う人もいるでしょうし、ひとつの企業、あるいは権力者が価格をコントロールする権力を保持し、その業界も恩恵を受けていることに対して、極々単純に「けしからん」と思ってしまう人もいるかも知れません。

しかし、経済というものは競争原理が働いたほうが市場価格が安くなり、一般消費者あるいは皆のためになるという単純なものではありません。

単に市場価格が安くなるだけ、物が安いだけでは経済のバランスが崩れてしまいます。それは決して消費者のためにはなりません。

逆に経済を活性化するため、あるいは安定のためには「必要悪」というものが存在し、それが容認されている場合も多々あり、多くの人々にとってその方が得になる、皆のため・消費者のためになる場合もあるのも疑いのない事実なのでしょう。


デフレーション・インフレーションの微妙なバランスの維持、あるいはスタグフレーションを防ぐためには、各国々の金融政策や石油などのナチュラル・リソースズの動向など様々な問題が関係してくるのは当然ですが、各国々あるいは、世界的規模での「価格のコントロール」「カクテルの維持」、あるいは折々の業界での「必要悪の存在」も重要になってくるのではないでしょうか。

「OPEC」も定期的に総会を開いて原油の生産・価格を組織的にコントロールしています。
「メジャー」 (いわゆる「セブンシスターズ」などの採掘から販売まで全てを網羅している石油の大企業体)の暴走に産出国が危機感を抱いたことをキッカケとして設立された「OPEC」がもし、原油をコントロールしなければどうなるのでしょうか。

「メジャー」自体は現在は他の方向にもシフトしてきていますし、影響力も小さくなりましたが、「OPEC」の存在がないとしたら想像するだけでも世界経済に及ぼす影響は計り知れないはずです。


規模がはるかに小さく、「デビアス」や「OPEC」のコントロールとは少し種が異なりますが、日本でも協会や団体等の力で「一定の決められた基準としての額や利率」でコントロールされている業種も多々あります。

「日弁連」の強力な権力と統制力がある「弁護士」の世界もそうですし、最近は組合に加入していない人達によって安い料金のところも増えてきましたが、「床屋さん」も価格が今でもある程度統一され、価格カルテルが長い間維持されている業界ですね。

その強力な結束力?と力で、長い間「価格と報酬の利率の維持」の恩恵を受けています。

ここで勘違いしてはならないのは、「何々組合」「何々協会」などの上記の形態は「株式会社」などと同じ「社団法人」です。

株式会社は「営利法人」で、「何々協会」などは「中間法人」という形態ですが、「営利法人」も「中間法人」も社員と社員総会(株式会社でいえば株主総会)が必要ですが、「財団法人」には「社員総会」はありません。

「非営利法人」と違い「営利法人」の幅は広く、「中間法人」も大きく分ければ「営利法人」であり、「法人の目的」は同じといえますし、実際の形態もそれほど変わりません。


他に、過去には建設業界もある意味価格カルテルのコントロールがされていたともいえるのではないでしょうか?
(民間工事は別として)

その恩恵を受けていたのは、なにも建設業界だけではありません。
この業界が他業種に与える影響は想像以上に大きく、多くの業界が少なからずその恩恵を受けていたとも言えるのではないでしょうか?

国民は権力者や企業が不当に儲けているから「けしからん」と排除しました。談合などもってのほかだということです。
国民の血税が使われているのですから当然の意見でしょう。

贈収賄などは裁かれて然るべきなのは当然として、急ぎすぎた「必要悪」の排除だったのではないかという考えもあります。
価格がコントロールされた方法、その善し悪しは別として、その判断がはたして正解だったのかは私には判りません。

ただ、長く続いた価格カルテルの急速な排除は、少なくともその業界自体の排除・淘汰、あるいはそれに近い状態につながる危険性も伴います。
その業界が国民の生活にも直結するような大きな業界だった場合の排除・淘汰は、その職業と直接関わりのない人々を含めた国民全体の痛みを伴うことになります。

ですが、日本国民は大きな痛みを伴うことを覚悟で正論を貫くことを選択しました。
それは確かに素晴らしいことなのでしょうが・・・


これがもし仮に、他の恩恵を受けている業界と同じように「建設何々協会」なる「日弁連」並みの権力をそなえた団体が存在したと仮定して、ある程度の高い工事単価を維持・統制していた場合、国民の反応は違ったでしょう。

業者の方も、わざわざリスクと営業経費が掛かり、そして嫌われる談合などもする必要もなく儲けがでますし、国民も他の業界に対しての感覚と同じように普段気にもせず受け入れていたのではないでしょうか?

つまり「コントロールする方法」により嫌悪感を抱くのです。

私には何が善くて何が悪いのか、本当に片方のやり方だけが責められて然るべきなのかは、難しすぎて判りません。
ただ、何らかの「必要悪」は、今の成熟しきれていない資本主義社会には必要な場合もあるだろうということは間違いのないことなのではないかと考えます。


さて、カナダでの大鉱床の発見等のことなどによりダイヤモンド業界にも様々な変化が起きています。
以前のような圧倒的な占拠率もかなり下がり、その支配の影響力にも変化がおきていますが、それを最も感じとっていたのは「デビアス」自身でしょう。

2000年7月には価格コントロールの姿勢を見直す発表がなされ、翌年から「ルイ・ヴィトン」との共同出資で新しい宝石ブランドをスタートさせる体制を発表。
2008年には「カリナン鉱山」も売却し、「デビアス」も違う路線・様々な戦略的形態を模索しているようです。

ダイヤモンドを支配した巨大な帝国も時代と共に大きな変革を求められているのでしょうか。

しかし、これからも「デビアス」の動向は注目に値しますし、現在も業界に多大な影響力を誇っているのでしょう。
posted by マーキス at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 万乗の帝国「デビアス」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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