2011年12月21日

「核の申し子」の果て

「金正日総書記死去」

北朝鮮メディアは19日に金正日総書記が17日に死去したと伝えました。
先月から一部では死亡説?が流れていましたが、この発表によってアジア諸国、欧米の各国々が緊迫。政府、各主要機関等は早急の対応・対策に迫られます。


「核の連鎖」

金正日の権力の歴史は核の力による歴史でもあります。


アメリカに続き、ソ連が1949年に核実験に成功し、アメリカに対する抑止力を備えることができた後、金日成をけしかけて南進したのが、朝鮮戦争のはじまりです。
その後、ソ連との関係が悪化しだした中国は、ソ連に対抗できるよう核開発に血眼になることとなります。

J・F・ケネディ大統領暗殺でベトナム撤退の計画が頓挫。その後、アメリカが北ベトナムに北爆を開始するまでの間に中国は最初の核実験に成功。
(この後、ベトナム戦争は泥沼化し、アメリカは大きな傷を残すことになります)

中国はインドとも衝突していましたが、この核実験の成功によりその国境の紛争は下火となると同時に、インドはこの中国の核の脅威を思い知ることとなり、自国の核開発に躍起になることとなりました。

そのインドはパキスタンと長らく戦争を行っていましたが、今度はインドの核実験成功の脅威から、パキスタンも核開発を行うこととなります。

そして、そのパキスタンからの技術と、意図していた・していないは別にして日本からの高性能な精密機械が流れ、その恩恵により開発されたのが北朝鮮の核兵器なのです。
(もちろん、ソ連・崩壊後のロシアからの技術が、北朝鮮の核開発の発展に大きく寄与したのはいうまでもありません)


金日成時代に核開発に関する機関の権力を握りつつあったのが「金正日国防委員長」です。
アメリカとの会談で核の開発を諦める意向に傾いていた当時の金日成主席を余所目に、核の力が国家間のパワーバランスにどれほどの影響力を持つのか、また、自らの権力掌握のためにも核の存在が大きな力を持つことを理解していた金正日は、核の開発を止めずに遂にすべての権力を手中におさめることになります。

金正日が金日成を強制排除したという説もあながち事実なのかもしれません。

なお、北朝鮮が核開発のための莫大な資金調達に成功したのは、「太陽政策」で韓国から莫大な資金が流れた他に、日本の朝鮮総連等から送られた資金も潤沢なものだったはずです。
(もちろん、麻薬も外資獲得に大きく貢献?したのはいうまでもありません…)



「拉致問題の行方」

北朝鮮が核を保有したことは、事実アメリカを交渉の場に引きずり出すことに成功しています。
この事実は、拉致問題に対しアメリカは関知せず、アメリカの顔色を窺ってばかりいる日本の政府も本腰を入れることはまずないであろうことを意味しています。

金正日が死去したことにより、今後、拉致問題を含め対北朝鮮政策がどう変わって行くのか。
後継者の権力掌握力は如何ほどなのか。
その後継者と目される金正恩氏はどのような人物なのか。
その能力と側近の発言力はどれほどの力と影響力を持つのか。
権力闘争の行方と側近の中国とのパイプの太さ、その中国の支持・意向は?
北朝鮮内に大きな混乱が起きた場合はどのようなことが考えられるのか。
新体制は軍を掌握しきれているのか。軍が暴走した場合やクーデターの可能性は?


日本はこの大事なときに、危機管理体制がまったく築かれていません。
安全保障会議を欠席した山岡国家公安委員長を含め、連絡の伝達・情報の共有等ができておらず、そもそも事前に重要な発表「特別放送」があるとの報告を受けているにもかかわらず、「情報」というものの重要さ・大切さをまったく理解していない。

また、野田首相は総書記死去放送の可能性が十分にあることを伝えられながら街頭演説に行ったことが分かっています。

福島の教訓はまったく活かされていない。
一部の議員の中にはうなずける発言をしている人もいますが、そのような意見が取り上げられ議題・議論の対象にされ、実際に行動に移すシステムがなんら確立されておらず機能していないようです。

韓国の国家情報院ですら金正日総書記の死去を公式発表まで把握していなかったとされ、各メディアから一斉に批判・糾弾されているのです。

外事部門を有し、潜在的能力の高さをもつ公安警察は存在するものの、確固たる諜報機関が存在せず、ましてや知的ヒューミントを最大限に利用した対外諜報部門はなきに等しい日本は、なおさら悠長なことはしていられないはずです。

正直な話、この国に拉致問題等を解決できる能力などは存在しないと思います。北の政権が変わることによって各国々の情勢や政策にドラスティックな変化が起こり、何らかの幸運な出来事が訪れない限りは解決は難しい…



日本政府は長い間(今もですが)拉致問題解決よりも、日朝国交正常化・日朝交渉を優先してきました。それは政府が日本人の拉致が行われていることを認めた後も続きました。
主権国家が自国民や自国民の子供達を他国に拉致されたのにもかかわらず…

自分の家族を誘拐して返さない犯人に、莫大な額や量のお金やコメを送り続けているのです。異常だとしかいいようがありません。


当時の国家公安委員長、梶山静六氏が、北朝鮮による日本人拉致を認める政府初の公式答弁を行った後、この拉致問題はしばらく忘れ去られたような状況となっていました。

しかし、この問題のシンボリックな人物ともいえる「横田めぐみさん」の問題が取り上げられたことが非常に重要な意味を持っていました。
そのことによって、多くの国民に拉致問題の事実が知られるようになったのです。

これは、北朝鮮の元拉致工作員である、安明進(アン・ミョンジン)氏が、横田めぐみさんの存在を語ったことが大きかったのですが、それに加えて、めぐみさんの父親である「横田滋さんの存在」も大きかったように思います。

横田滋さんは元日銀の職員でした。このことは拉致問題に関する取り上げられ方に大きく影響を与えたのではないかと推測されます。

横田滋さんの日銀時代の同僚・後輩等には政治家・議員もいました。たぶん、元工作員の証言があるとはいえ、他の被害者だけでは現在のように取り上げられることはなく、被害者並びに被害者家族を舐めきっていた当時の政府・官僚、及びマスコミの意向によって、一般国民の多くが知らぬ間に闇に葬られていた可能性も少なからずあったのではないでしょうか。

仮にもしそうだとすれば、日本に帰ってくることができた5人の拉致被害者とその家族も帰ってこれなかった可能性もあったということにもなります。


ご両親たちの苦悩は計り知れないものです。我が身を振り返り、もし自分の子供が他の国に拉致されたならと考えただけで身震いしてしまいます。

拉致被害者家族が政府に必死に訴えているさなか、1999年当時の外務省アジア大洋州局長は「たった数人のことで日朝交渉に支障が出では困る」などと言い放っていたそうです。

自分達が国を動かしているんだという、驕り過ぎたエリートのプライドは、人の心も簡単に踏みにじることができるものであるようです。


他の国、欧米諸国ならば、他国にここまで舐められて黙ってはいません。
イスラエルならば、モサドが地の果てまで追いかけるでしょう。
(兵役に行った我が子が、前線でいつ死ぬかもしれない犠牲心をもたなければならないこの国の親とその犠牲に応え報いるイスラエル政府と平和な日本とでは、そもそもすべてにおいて「覚悟」が違いすぎますが…)


国を支え、その国をどの国の人よりも愛しているのはその国の人々です。その国の将来を担うのはその国の子供達です。

人間は最後はだれもが死を迎えますが、たとえその時期が来ようとも、必ずや母国の地で永眠することができる安心を国民に与えることができるよう、国は最大限の努力と保障と覚悟をするべきです。
それが、真の独立した主権国家であるはずです。この問題は絶対に風化させてはなりません。
posted by マーキス at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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