2011年03月28日

世界を変えてしまう「指導者の器」

「崩壊している気概と品格」


福島第一原発の3号機で、下請と孫請の作業員が溜まった水に浸かりながら被曝した事故において、2号機建屋地下の溜まり水が、1・3号機同様、通常運転時の1万倍の高濃度の放射性物質含んでいるとされることを明らかにしました。

また、18日に毎時500ミリシーベルトの放射線が2号機で測定されていながら、26日まで公表していなかったことも明らかにされました。

このような情報と測定結果があるにもかかわらず、作業員にそのことは知らせず、誰も作業前の点検・調査を行わなかったのです。
もちろん、それを行っていれば事故は間違いなく防ぐことができた訳です。マスメディアがいつもはぐらかす「防げた可能性がある」とは違います。

被曝の危険性があるような作業に対し、なにも事前の対策を行わず、作業員が身に付けていた防御に必要な服・靴等の装備にも何も気を配らなかったのです。

作業員の安全など微塵にも考えていない。命を完全に軽視し、安全対策は完璧に放棄したことによるこの事故は、結果が認容できない「過失(認識ある過失)」によるものではなく、そうなる事が予見され実現することが認容されていた「未必の故意」によるものであり、つまり確信犯であって、刑法に基づき処罰されるべきものです。
(この判断は当然の如く難しいもので、且つ、その判断によって処罰の有無がかかってくるものであるので、刑法上、大変重要な意味を持つものであります。但し、過失であっても民法上の賠償責任は逃れられません。)

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※注: 実際に裁判が行われた場合は、故意とは判断されない事例だと思います。まず「過失」となるでしょう。
作業員が注意を怠ったことも指摘されるでしょうし、非常時の混乱から連絡が上手くいかなかったなど、まず重大だとはされない比較的軽微な業務上の過失の判断となるでしょう。(つまり、多分に私の感情が含まれています。私的には、東電側はそう言われても仕方のない行為・対応だと思っています。悪しからず…)

なお、労働基準法の観点からも、使用者は「安全配慮義務」を負っており、契約上の使用者の責務として安全配慮義務があり、使用者がその義務違反により事故を生じさせてしまった場合は、債務不履行契約が生じます。
この場合、労働基準法所定のものだけでなく、民法の規定により生じる損害全部となります。
(誤解を招くおそれがあるので念のため追加記述しました)
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言葉もありません。

彼らには責任感というものがコンマ1パーセントも存在していない。
いや、もはや責任感という類で語られることのできるレベルではなく、人としての一線を越えてしまっている。

私は仕事上の関係で法曹関係からの依頼等の絡みから、いわゆるヤクザ組織に属する人物の話を聞く機会があったのですが、数々の無機質な対応の仕方をする東電と姿を見せない社長などに対して、彼らからして、「あいつらこそ本物だ(話の流れとして、この会話の場合は「狡さを極めた悪党」という意味で)」と言っていたくらいです。


翻って、天皇・皇后両陛下が、お住まいの皇居・御所の電気を一定時間使わない「自主停電」を15日から続けられている との報道がありました。

自分の置かれた立場を自覚された行動は、まさに身をもって範を示すお手本です。

ご自身が病気を患われたばかりだというのにまったく頭の下がることであり、私達も見習わなければならないと素直に思える行いでした。

これが「人の上に立つ者が皆に示す行いの見本」であり、今回の震災と原発危機で、自分たちの置かれた立場というものをまったく自覚していない政治指導者や東電の上層部の者達とは、まさに天地のへだたりです。

素晴らしい能力と国民性を兼ね備えた日本人ですが、日本という国を実質動かしている中枢にいる人物達が、頭は良くても身をもって範を示す気概と気骨、潔く清らかな精神をまったく持ち合わせていないのが最大の不幸ともいえます。


短い人間の人生に置いて、一人の人間が様々なものを身につけるのは難しい部分もあるのは確かでしょう。
厳しい資本主義社会の中で、人より上に行こうと思えば受験勉強・受験戦争に打ち勝つ努力も必要なのは偽りのない「現実」といえますが、その忙しさにかまけて親や指導する立場の人間が、人にとって大切なものを教育し指導することをお座なりにして来たといえるのでしょうか。



東日本大震災での犠牲者は、死亡者だけで1万人を超えました。まだ多くの犠牲者の遺体が発見されていません。
この自然災害による犠牲者だけでなく、人災といえる原発事故を原因としてこれ以上の犠牲者を出すわけには行きません。


平安時代に起きたとされる「貞観津波」の調査をした研究者が、2009年に行われた審議会で、福島第一原発を大津波が襲う危険性を指摘していたことが分かりました。

東電側の対応は、地震想定の引き上げも津波想定も行わず、つまり完全に無視。
もし、対策をしていたら非常電源なども被害から逃れ、このような恐ろしい原発事故は防ぐことができた可能性が大きい。
それに掛かる費用は、やらなかった場合のリスクと、もしもの事を考えた場合の甚大な損害に比べたら、微々たるものであったはずです。


また、政府は放射線に対して、「ただちに人体に影響を与えるものではない」と繰り返しています。

この放射線の与える影響等の調査では、「原子力発電所周辺での小児白血病の発生率」を調べた、ドイツの連邦放射線防護庁の疫学調査報告が世界中のどこの調査よりも詳細に調べています。

なんと、1980年から2003年の間に小児がん登録された5歳未満の小児がんを発症した子供すべてについて、原発施設から25メートル毎!に細かな調査を行ったようで、原発施設から5km以内に住む子供の、小児がんと小児白血病の発症のリスクが高いという実態が浮き彫りになりました。

ドイツ国内の16ヶ所の原発周辺での通常運転での調査です。
原発事故が起きた場合の影響は計り知れません。
世界でこれ以上の詳細な調査は行われておらず、日本の政府・学者の判断の信憑性は如何ほどなのか。


少なくとも、問題ないと言った政府関係者、並びに学者たちは、客観的な議論をするために、ドイツを含め外国からの専門家も沢山呼んで徹底的な議論をし、それを日本の国民、いや、全世界に情報公開するべきであろう。

放射線の怖さは、認識が甘かったじゃ済まされない。皆が大変なリスクを背負っているのです。
検証が乏しいかもしれない情報、知識が満たされていないかもしれない情報、あるいは隠蔽されかねないような情報をそのまま鵜呑みにすることなどはできない。

日本の政府発表も、身体に影響云々以前に平常時と比べて明らかに高い値なのに、問題ないと言い切ることのできる明確な資料と根拠を示していない。
少なくとも、通常より明らかに高い数字が与える影響に対する、ドイツの調査並みの資料があってはじめて言えるものであるはず。

そうでなければ、それは憶測に近いものであり、専門家はどの程度の知識や調査から政府にアドバイスをしているのか。
人類にはまだ完全に分かっていないことや、調査が足りず不確かなことが沢山あるのは至極当たり前のことで、それは例え専門家だろうが偉い学者だろうが、現時点では知り得ることのできない、全解明は不可能な知識のはず。


さらに、もうすでに誰もが承知しているように、3号機は「プルサーマル発電」で、プルトニウムを含む燃料を使っています。プルトニウムの半減期は数万年!といわれています。
専門的なことは分かりませんが、問題が起きた場合、非常に危険な原子炉であるのは間違いないようです。



東電の責任とその東電のズサン極まる姿勢を見ぬふりをしてきた当時の自民党政府の責任はとてつもなく大きい。また、アメリカにさえにも情報を渡さない、事の重大さが未だに分かっていない、現日本政府の低すぎる知性と器の小さすぎるくだらないメンツ。

そして、深く考えず政府の言いなりのまま、思考を他人に依存してしまった我々一般庶民自身も…




この福島第一原発の事故は明らかな人災です。この罪はどんな重たい刑罰でも償う事はできません。
これは、日本国民が自国の人間達に落された原爆であり、そして日本だけでなく全世界に宣戦布告をした戦争なのです。

そして、たとえ運良く最悪の事態は逃れたとしても、我々は自分達の子孫に大変重たい十字架を背負わすことになるのです。
posted by マーキス at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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