2011年03月20日

メディアコントロール

「救助活動の多難」 「原発危機の光」

「阪神淡路大震災」を超える歴史的な大災害。東日本大震災の死者・行方不明者は2万人を超えました。
今後もさらに被害者の数は増えるのでしょう。

救助隊の救援活動、行方不明者の捜索も困難を極めているようです。
阪神淡路大震災の時は崩れた建物の瓦礫の下を捜索すれば、被害に遭った人を探し出すことができました。
しかし、今回の震災の場合は、遙か遠くに流されていてどこに人がいるのか分からない。瓦礫の下にも当然いない。

巨大津波の被害の恐ろしさは、亡くなった方々を探し出すこともできないのです。
用意してきた、瓦礫の下のどの部分にいるのかを調べることのできる最新機器も、その瓦礫に下にいないのですからまったく役に立たない。救助隊の方々も悲痛の思いでしょう。

救援物資もまだまだ届かないようです。厳しい寒さの中、燃料も相変わらず足らない。早く被災者に物資が届くよう我々は祈るしかありません。



東電は1・2号機の電源復旧に向けたケーブルの敷設を完了しました。また、海水の連続放水、並びに非常用の発電機が稼動したのと電源車を使うことにより、5・6号機の温度も下がり始めたようです。
冷却システムの復旧にしばらく時間はかかりそうですが期待がかかります。

いっぽう、一定の安定した状態にあるとされていた3号機で、格納容器の圧力が高まっています。
圧力を下げるため配管の弁を開放するようで、放射性物質が放出されるとともに再び予断の許さない状況にあるようです。

また、壊れた機器の把握と修理、緊急炉心冷却装置が使えないことによる注水の代替案・方法等、課題が残ります。

政府や東電は詳しい情報開示をするべきです。状況に至る理由等をはっきりさせない小出しした情報の発信の仕方をいい加減改めるべきでしょう。
ようやく一部では一筋の光が見えてきたようでもありますが、正確な情報・詳しい情報が国民に伝わっていません。




「情報の多様」

メディアが発信する情報には、多種多様なあらゆる思惑が交差したものがあります。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-90850/1.htm


上記の記事で、米政府は「半径80キロ以内」にいる米国人に避難勧告をしています。
他の国々でも同様で、シンガポールは100キロ圏内、これには記載されていませんが、110・120キロ圏内としている国もあります。

ここで、米政府の判断に対して米国内からも異論も挙がっているとし、日本の判断は「健康面への影響を最小限に抑える点で十分と考えられる」と日本政府の判断を評価。
そして、スリーマイル島の事故では、約16キロ圏内の住民に屋内待避措置。チェルノブイリ原発事故は、最終的に約30キロ圏内の住民が強制的に避難させられたと結んでいます。


このニュース記事は、情報の捉え方として非常に分かりやすい例だったので取り上げてみたのですが、まず、日本政府の判断をよしとした米国内の発信元は、「米原子力エネルギー協会」であり、そのスポークスマンです。

原子力エネルギーを推進する立場の組織が、そのような発言と発信をするのは至極当然であり、つまりそこには発信元の「ポリティックス」な思惑が含まれています。

また、スリーマイル島の事故にしろ、チェルノブイリの事故にしろ、実際にはもっと広範囲の住民が避難しており、スリーマイルでも今回米国が発令した圏内で、多数の被曝による癌等の病気や体の異変、そして野菜や動物の突然変異などが起きています。

何度も言うように「危機管理」は最悪の事態、あるいは相当な安全マージンを取った対策を行うべきであり、他国が広範囲の自国民に避難勧告をしたのは、政府の「危機管理」として当然の措置であります。

「米原子力エネルギー協会」(米エネルギー省も)の見解は、「現時点・現段階」の状況からの判断なだけであり、その後のリスク等を考慮しない判断は「危機管理」とは到底言えるものではありません。

スリーマイル島の事故があった当時、米政府は今回の日本の政府と似たような避難勧告しか行っておらず、自国の震災ではない日本で起きた事故では、「ポリティックス」の思惑から解かれた避難勧告の判断となっているのです。


国民には様々な人がいます。その中には上記の記事を読んで、その内容を額面通り捉える方も沢山いるはずです。
上記記事は、まだ読み手の判断がつきやすく、分かりやすい非常に稀な例です。

他には巧妙なディスインフォメーションもありますし、情報を上手く歪めたものもあります。
そのような情報の中には、「真実」を微妙に散りばめながら最終的に偽の情報を掴ませるなどの手法もよく用いられる方法です。

ほとんどが判断の難しいものばかりですが、少なくともその「発信元が誰であるか」、「どの組織に属する者であるのか」、「生い立ちからくる判断の違いや宗教的な思想の違いはないか」、その情報で「得する者・損害を被る者は誰(何)か」、発信元に「影響を与えた(与える)人物(出来事)は誰か」等。
多様な角度からの判断と、そのひとつの情報に対しての様々な情報収集・チェック(あるいはダブルチェック)が必要とされます。

現実には、一般の方がそのようなことまではしないでしょうし、不可能な部分もあります。
ただ、自分自身でできるだけのことは行い、自分の頭で考え自分の頭で判断することは重要なことだと思います。



なにか大変なことが起きた場合、いたずらに危険を煽ることは慎むべきだとの判断で、風評被害を懸念する声と考えも根強い。
しかし、たとえ心情としてはよくはない情報だとしても、「風評」と「近い未来に起こり得るであろうリスクを考えた危機管理」はまったく次元が違います。

今回の災害では、何度も言うように危機管理というものは想定外の物事を想定すべきものであり、その危機管理からくる措置が取り越し苦労であった場合・無駄で終わった場合よりも、「逆であった場合の被害の方が甚大」である場合を考え危機意識を持つことが必要とされるのであり、逆であった結果より良いのならばそうするのが正しい判断で、そのような判断から措置を行い、国民がすぐに判断・行動が起こしやすいよう、迅速に決定を下し、明確な情報発信を行うのが真のリーダーシップです。



メディアはありとあらゆる情報発信をして来ます。
特に主だったニュースでは、大きな組織・権力・力・財力を持ったものたちからの情報となり、そこには様々な思惑からくるコントロールが行われるのだという事だけは、頭の中に常に入れておく必要があるでしょう。
posted by マーキス at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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