2011年04月05日

FLASH IN JAPAN

「真実はどこに」

福島第一原発の修復は困難を極め、状況は一向に改善せず出口が見えてきません。

事故で放出されたセシウム137の濃度は、チェルノブイリ原発の事故で検出された数値を上回っているそうです。
米国の原子力工学研究者は、「試算が正しければ、フクシマは今や史上最悪の原発事故になっている」と警告。日本の当局が国際原子力機関(IAEA)や諸外国政府の支援を受けるのをためらえば「事態はさらに悪化する」と断言しました。(4月4日のニュースから)

また、京都大助教授が福島の飯館村の土壌汚染の評価をしています。
(下記リンク参照)
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20110328000068

東京でも、水道水から放射性物質が検出されました。(水道水の使用に関する明確な規則は存在しません)相変わらず、「ただちに影響はない」を繰り返していますが、今も放射性物質は垂れ流され続けているのです。「ただちに影響はない」は、長期的には影響があるという言葉の裏返しです。
基準値を超えた放射性物質が今後も放出され続けるのです。影響がないわけがない。

また、基準値そのものを上げたり、摂取限度を欧米の常識よりも高く見積もるなど、まったく信用できません。
いったいなんのための基準なのか。そのような操作をしたら何の意味もありません。危険値を変えたら危険なものも危険でなくなってしまう。子供でも騙せないようなあからさまな操作を平気で行える神経はどこからくるのでしょうか。


また、東電側は、事故が起きて3日目の14日に「全員撤退したい」!! と政府に言ってきたというのは、すでに誰もが知っていることですが、そのあり得ない無責任さに、菅総理をはじめ政府関係者が激怒したのは当然です。

政府が東電側と上手く連携が取られていないことを批判する報道も一部ありましたが、少なくともこれに関しては東電側に非があり、政府が東電に不信感を持ちギクシャクしてしまうのは当たり前といえるでしょう。

予備電源が使えない場合の想定などはまったくしておらず、初動措置が急務で大事なはずなのに、東電側は信じられないほど悠長に構えていて、メーカーの専門技術者も最初は話し合いに加えてもらえず蚊帳の外に追いやられていたそうです。
もっと早く対策が取られていれば…


また、静岡県にある「浜岡原発」は、福島第一原発よりもはるかに弱い地盤の上に建てられているといいます。
設計に携わった人が、耐震に関する補強はできず、たぶんそのままゴーサインとなったであろうとのことを暴露していた記事がありました。

以前から叫ばれている、「東海・東南海・南海地震」がもし勃発すればどうなるかは、この福島第一原発の事故を見れば明らかです。日本は間違いなく壊滅状態となります。


さらに一番危険な状態だとも云われているのが、福井県敦賀市にある、高速増殖炉「もんじゅ」です。
1995年にナトリウム漏洩火災事故が起きましたが、ここでも事故現場の様子を撮影したビデオの一部を隠蔽したことが発覚しました。

(翌年に、動燃の総務部次長が、ホテル8階の非常階段から飛び降り自殺しましたが、初動捜査で間違いなく行われるはずの第一着地点の写真すらなく、遺族が霊安室で見た遺体の損傷状態と警察の発表とは明らかに異なっているとし、また、警察は鮮血が滴っているはずの背広を含めた遺品の殆んどを遺族に返還する事を拒否。遺族は他殺によるものだとして告発しています。)


そして、昨年の8月に炉内中継装置(重さ3.3t)がつり上げ作業中に落下する事故が起きました。
幾度となく行われた引き揚げはすべて失敗に終わり、「復旧も廃炉も出来ない」 つまり、手がつけられない状態となっているようで、放置された状態です。

そして、今年の2月に燃料環境課長が山中で自殺をはかったとみられ、遺体で発見されました…
(もんじゅは将来の核兵器・核武装のためではないかとの疑念ももたれているようです。)



ちなみに、ずいぶん前のことで一度だけですが、ある仕事の関係で、私は静岡県の「浜岡原発」の中に入ったことがあります。

かなり前で記憶が相当薄れているので間違っているかもしれませんが、当時これといった厳しい安全講習なども行われず、確か、多少の手続きと、施設の中でのある程度の安全に関する注意事項の説明、そして空港などにある金属探知機(空港と同じで銃器類・火気類・爆弾等の危険物の侵入防止対策)を通っただけで中に入れたように思います。
(施設の中に入っただけで、建屋の中には入らないので、その程度で済まされたのでしょうが…)

まだ右も左も分かっていない若い頃でしたが、若いなりにも、こんなんでいいのかな?と、拍子抜けした記憶が残っています。
いくら建屋の中に入らず、原発の仕事とは直接関係のない私たちなのだとしても、金属探知機以外は他の原発と違う施設より対応が甘いくらいで、厳しさを感じませんでした。安全に関する意識は、どの原子力発電所も希薄なようです。

若い頃でしたので、建屋の中以外でも施設の中にいる人は防御服みたいなものを着ているのだろうと勝手に想像していましたが、そこで見掛けた方々は極普通の作業着を着ていました。
作業員の方たちの休憩所には、ドラム缶を輪切りにした大きな灰皿!が所々に置いてあったのはよく覚えています。
また、部外者の私たちを珍しそうに見る作業員の方たちの好奇心溢れる様子がとても印象に残っています。



原発修復のリーダーとなる、東電、原子力安全保安院、政府、お目付役の原子力安全委員会。
度重なるミスと悠長な対応と判断、通り一遍の報告と薄い危機意識、決断力のないリーダーシップ、現場を知らない甘すぎる作戦、働かないお目付役。

そして、叩かれること・責任から逃げるためと、保証を最低限で済ますためなどからくる、優柔不断な小出しした判断と情報操作と隠蔽工作。


人間の心理は、甘い判断から徐々に数値を上げていっても動けるものではありません。指示を仰ぐ側の人間の判断も、甘く鈍重になってしまう。

有事の危機管理、有効且つ能率的な作戦遂行、兵法、彼ら指導者たちの判断と行動は全てにおいてアマチュアな行動でもあり、強い使命感と信念をもとに、責任を取ろうという人も誰もいません。
保身しか考えない人達に「有事の決断」は到底ムリな話しです。

福島第一原発の1号機は圧力容器内の圧力の推移から、震災の最初から圧力容器が損傷していた可能性も大きい。対応があまりに悠長だったことから、そのことは隠蔽されている可能性も否定できません。

仮にもしそうならば、大津波による被害からきた起因だけでなく、地震そのものに耐えられなかったということになる。東電や保安院が隠したくなるような事実ともいえます。

なにが本当で、なにが嘘なのか。一般人に大きな不信感を抱かせることは、次なる民衆の行動の妨げともなります。肝心な時に適切な行動が取れず、動けなくなる。
リーダーシップの欠落は混乱を招いてしまい、被害をさらに拡大してしまいます。少なくとも透明性のある迅速な情報開示をしてもらいたい。



恐れていたことは現実となっています。これから私たちは危険なレベルではなくとも、放射性物質が含まれた食物を摂取しなければなりません。たぶんそれは避けられません。何らかの形で必ずそれらは出荷されてきます。

私たちはまだいい。しかし我々は、20代、10代、そして少年・少女、幼児、乳幼児の未来ある子供達に償いきれない罪を被せてしまいました。

さらに、もうひとつの大変重要な問題。
たとえ原発がなくなろうとも、未来永劫続くであろう「放射性廃棄物」の処理の行方は、未来の子孫達に委ねなければなりません。言葉では表せないほどの重たい十字架なのです。

今の世代の人間達・大人達にできることは、クリーンエネルギーへの変換しかありません。


「FLASH IN JAPAN」

日本の将来・未来に降りそそぎ、包まれる閃光は「ピカドン」なのか、それとも、世界のニューリーダーとして新たなエネルギー先進国と生まれ変わった姿なのか。

前者だった場合は、少しも大袈裟な話しではなく日本という国の消滅です。ですが、日本の技術と能力、そして耐え忍ぶ国民性と勤勉さがあれば、根本的なエネルギー変換は必ずできます。

逆に、それを全世界で最初にやれるのは、類稀なる秩序と協調性を兼ね備えた日本人にしかできないかも知れません。

現在の老害ばかりの権力者達には、それを成し遂げることのできるリーダーはいません。
今までとは違う開拓者精神を持った新たなリーダーが現れない限り、日本は墜落の一途を辿るだけです。
鍵は地方からの若い力。

「ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ」が、第35代アメリカ合衆国大統領に就任したのは若干43歳の時でした。

彼は「カトリック」だったため、最初は誰もが勝てないだろう(大統領選に)と思っていました。
いわゆる、「WASP」(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の支配階級による地位が絶大だった時代です。(ワスプ  現在もそれは続いている特権意識と差別です)

彼がいなかったら、キューバ危機でとんでもない戦争が起きていたかもしれません。
また、彼や彼の右腕として働いた司法長官で、ジョンの死後、次期大統領候補だった弟の「ロバート・フランシス・ケネディ」の存在なくして、黒人の大統領は絶対に生まれていません。

彼らの存在と行いが、人種差別の壁や各国々の民主化等、様々な時代の流れを大きく変えたのです。

彼らに触発された世代の人達が、クリントンやゴアなどの方々です。その世代の方だけでなく様々な世代、多くの国々の人々、そしてオバマ大統領も「ジョン」「ロバート」、そして、「マーチン・ルーサー・キング牧師」の影響は必ず受けているはず。
彼らの存在はアメリカの将来、並びに世界の将来を変えました。

いつの時代でも大きな変革を成し遂げることのできるのは、エネルギーとバイタリティーに溢れた、若者の大きな志なのです。

posted by マーキス at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

ジャーナリストという名の プロフェッション

「レベル7」

既に報道でご存知の通り、国際評価尺度で最悪の「レベル7」と引き上げられた、福島の原発事故。

言われる前に、すでに多くの人が承知していたことでしょうが、改めて事故の深刻さを皆が認識したのではないでしょうか。

IAEAや、フランス、ロシアの専門家等は、レベル7は誇大評価だと言っています。
しかし、まだ「福島」は収束していない。

ヨウ素換算での放出量で、チェルノブイリの約10%ほどとのことですが、復旧と封じ込めのめどさえ立っていない状況なのです。
チェルノブイリを超える可能性は限りなく高い。

ロシア側の見解は逆に明らかに過小評価の意見も多いようで、福島の状況が把握できていないか情報があまり掴めていない。あるいはそれ以外の思惑があるのか。

チェルノブイリが原子炉1基だったのに対し、福島は4基。潜在的危険値の高さは説明するまでもないでしょう。
チェルノブイリの事故は原子炉の実験中に起きた事故で、教育が疎かだったことからくる作業員の認識不足や、不安定な状態で無理矢理実験を強行したことなどが原因とされています。

それに対し福島の場合は、甘すぎる地震・津波対策と事故後の悠長な対応等からくる人災といえるものであるとはいえ、それを誘発する最初の起因となったのは大地震です。
今回のようなものすごく大きな地震の場合、3ヶ月経っても非常に大きな余震がくる場合があるといいます。

まだ先が見えない状況の中で、大地震と変わらない大きな余震が襲った場合、ダメージを受けている福島原発の原子炉は耐えられるのか?
また、進められている作業に支障が起きることにより、冷却等その他の復旧ができなくなる可能性はないのか。
まだまだ、まったく予断の許さない状況です。


私は、たまたま12日に行われた菅直人首相の会見を見ることができました。
首相の会見はもとより、そこに集まった記者達の質問は酷いものでした。

どこの記者だったか、「菅首相の存在自体がこの危機の最大の障害だ」という主旨の内容の質問というか意見を述べていましたが、この期に及んでまだ事の重大さが分かっていないようです。

この記者に限らずそのような意見は当然多いでしょうし、菅首相の教科書通りの対応と返答を見る限り、言いたいことも怒りも理解できますが、これはいつもの平時での記者会見ではないのです。

今後の状況次第では、真の最悪の事態となった場合、国家の滅亡以上の出来事となるかもしれない、まったなしの「有事」での重要な会見だったはずです。


国民の意を酌んでいるもっともな意見ともいえるでしょうが、間違った認識と言わざるを得ない。

ミスをしたからといって、「しまった」と百回唱えようが、千回唱えようが、状況はなにひとつ変えることは出来ません。
嘆く前、ミスをした直後に、有効且つ適切な行動を即座に行うことができなければ、窮地は回避できません。
指導者を何万回罵ろうが、間近に迫った危機的状況が好転する訳がありません。崖っぷちにぶら下がり握ったロープが切れそうになっている状況で、そんなことをしている余裕はない。
直に事態と向き合う、現場の人間と専門家の事態収束能力なしに、直前に迫った厳しい状況は打破できない。


あの会見での意見や考え、あるいは政府や総理に対する糾弾等は、新聞・雑誌・レポート・ネット等の、違う媒体を通していくらでも情報発信と意見を述べることが出来ます。
それだけの情報発信能力と社会に影響を与えることのできる力を持った、大きなメディアの組織に属しているのですから。

あのような追求と意見は、発信能力は著しく乏しいですが、私たち一般人でも、このようなブログ等を通して行うことができます。

彼らはそれを本職とした記者です。私たちが出来ない・聞けない事を彼らが引き出さなければ、誰がやるのでしょうか。
それが彼らに託された使命であり、彼らのプロフェッションです。

少なくとも、あの会見では別の質問をするべきだったように思います。


原発の現状に安穏な認識を表す首相に、その根拠となるものを示さすことや、アメリカをはじめとした外国の専門機関との具体的な連携はどのように進めるのか等の、具体案の詳細な内容の追求。
知識的、並びに技術的「素人」である政府要人や保安員・東電のスポークスマンに対し、誰が技術的な指導と対策の主導権を握り要人たちと連携しているのか。
現場の作戦遂行の中心的立場であろうはずの専門家は、誰たちであり、何人の優秀な専門家がブレーンとして横に就いているのか。
そして、その専門家達の具体的、且つ透明性のある意見としては、どのような考えと内容なのか。
また、米軍に処理を頼むと共に官邸に米関係者らを迎え入れるべきではないのか。すでに四の五の言える状態ではないのではないか。


あの会見は、国を束ねるリーダーの重大な会見だったはずです。
追求するなら、今後の具体的対策に対してこそ、もっと徹底的に追求するべきだったと思います。
(この会見だけに限らないかもしれませんが)

そのことによって、同じように悠長に構えている首相と政府に、事の重大さを改めて認識させる意味も見出せたでしょうし、国民がもっと知りたい切実な情報をホンの少しでも引き出せたかもしれません。

今、原発がどのような状態にあり、現在行っている作業が失敗に終わった場合、どのような危険を呼び起こす可能性があるのか。
収束しきれない間に再び大きな地震や余震が襲ってきた場合はどうするのか。それら場合のオプションは存在するのか。


現実は直視しなければなりません。
強く迫るキツイ言葉以外は、差迫った現実がないかのような平時と変わらぬ総理大臣への意見と糾弾では、一般人の行動と何ら変わらない。
ジャーナリズムを担う人間として、国民に伝えるべきものは他にあるのではないでしょうか。

餓死寸前の状態で、狩の失敗をした村長を罵っているだけでは空腹は満たされず、共倒れするしかない。
危機が差迫った、超現実の命が掛かった真剣勝負の世界では、次なる対策を即座に模索し、新たな狩に出掛ける決断をしなければ生き残れないのです。



「レベル7」となった未曾有の大事故ですが、本当の最悪の事態はまだ先にあります。
この分野の専門家は分かっているはずです。認識が出来ている人ほど真剣に恐怖を感じているはずです。

しかし、言えない。それは考えるのも恐ろしい結末だからです。

だから、そうならないよう今現場では必死の作業が行われています。

専門家のその言えない気持ちは分かります。いたずらに真実を述べることが正しいとはいえない場合もあるでしょうから…

しかし、だからといって様々な危機管理まで疎かにしていいわけがありませんし、そのようなことが全てに対して変に隠し事をするような風潮に変わって行ってはなりません。
透明性のある情報発信は不可欠なものです。

国民も自らの意思で考え判断することや、学ぶ行為を惜しまないことが、時代を変えて行く力になってくるでしょうし、淘汰から逃れる術でもあるのではないでしょうか。

ただ、中途半端な学びは大きな誤解を生じてしまうことが多々あります。大きく間違ったまま誤解しつづけてしまう時もある。
私もよく陥ってしまうことで、反省することも数え切れません。そして反省しきりの毎日です。

凡人で俗物の私には難しいです。ただ、小さな事柄をコツコツと続けることにより、そこに継続性が生まれ、その実践の先に大きな実りが待っています。


今はもう、日本が立ち直ることを信じ、祈るしかないのでしょうか。
勤勉な人も多い日本の将来にも必ずや大きな実りがあることを確信したいし、そうしなければなりません。

日本がこければ、世界が終わってしまいます。
posted by マーキス at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。