2011年03月13日

巨大地震と最悪のシナリオ

東北地方太平洋沖地震

宮城沖が震源地とされる東北及びその周辺地方を襲ったとてつもない大きな地震が起き、大変なことになっています。

現在、このニュース一色です。ラジオもずっとこのニュースを取り上げていました。
死者・行方不明者は1700人を超えているといわれ、被害はさらに拡大する見通しのようです。被災された方、そのご家族、並びに被災地の方々に対し言葉もありません。

マグニチュード 8.8 を記録したといわれる物凄い地震ですが、長野、新潟を震源地とした地震も次々と連続して起きており、予断を許しません。



ニュージーランドで大変なことが起きたばかり。大地震や津波等で大きな建物が崩壊したらなす術がありません。
自然に対して人間の力はあまりに微力です。

そのニュージーランドで日本人留学生が多数被災したビルは古い耐震基準の建物?だったそうで、柱の鉄筋の「帯筋」の量が少なかったといわれます。
帯筋の量が密でないと、激しい揺れに対して柱の「せん断破壊」が起きやすく、急激な崩壊となる場合があります。

少し専門的になりますが、垂れ壁や腰壁も柱がせん断破壊する原因となることもあります。
(これはRC造の構造上、木質系建物とは違った作用・概念となります)


ちなみに、今回起きた地震の被災地のような寒冷地は、凍結深度以下に基礎のベースを持ってこなければならず、暖かい地域に比べ、住宅の基礎の造りが若干異なります。

工務店や設計者の方針により、標準の寒冷地仕様よりさらに強固にした基礎(コストはかかりますが)の建物もありますが、現実の大きな地震に対して標準の仕様の基礎とどれくらい違いと効果があるのか。
建物本体である「上物の構造の違い」と並んで、個人的にとても気になります。



「原発危機管理の想定外」

この大地震に伴い「東京電力福島第1原発」で非常用発電機が壊れ冷却機能が停止。「第2原発」もポンプが壊れ、冷却に使う海水が取り込めない状態となっています。

原子炉の安全確保のために絶対に必要な冷却が出来ないとなると、温度が上がった冷却水が蒸発して燃料・制御棒がむき出しになり、炉内部が高温高圧になって格納容器が壊れてしまいます。

東京電力が決めた対策は原子炉格納容器の弁を開放し、内部の圧力を逃がす操作を行うということ。
すでに制御不能の状態に陥ってしまったようです。

弁を開放するということは、圧力を逃がすための相当緊迫した対応策です。
報道では「放射性物質が放出される可能性がある」としていますが、「可能性」ではなく確実に放出されるでしょう。

深刻な被害が出るかもしれない状況の中で、マスメディアは相変わらずの希望的見解です。
いや、その意味はよく判っているはずです。確率は相当高かろうとも、不確かなことには責任回避したいから蓋をする。

いたずらに危険を煽ることはだめですが、重要な物事にダブル・トリプルのチェックをしたりするように、危機管理・物事の危険に対する対応の仕方は、逆に悪い想定を考えた常に安全のマージンを残すぐらいの心の持ちよう・在り様でないとまずい。

たとえ上手く行ってもギリギリでの、幸運任せのマージンをまったく残さない心の在り様で物事に取り組む姿勢は、マスメディアだけに限らず日本人の特徴なのかもしれません。



政府は11日、「原子力災害非常事態宣言」を発令、半径3キロ以内の住民に緊急避難を指示し、12日朝避難を終えたそうです。
10キロ圏内の住民には『屋内待機を指示』したそうですが、その後20キロ圏内に避難範囲を広げました。

あの「東海村JCO臨界事故」当時の自民党の対応はあまりに酷いものでした。
避難範囲はJCOが要請した、たったの半径350メートル以内で、「屋内待機」が半径10キロ圏内。
(工場の数キロ先で中性子線が測定されています)

放射線は「α(アルファ)線」、「β(ベータ)線」、「X線」、「γ線(ガンマ)」、「中性子線」などがありますが、透過性の高いものは、通常、人が住む住宅の建物など」はわけもなく透過してしまいます。
(γ線・中性子線は透過性が高い)

もし大きな放射線事故が起きた場合は、透過性の比較的低い放射線を若干減速できるだけで、遠くに離れず近くの家の中に居ては意味がありませんし、食料の調達もしなければならないでしょうからまったく外に出ない訳にもいかない。

避難範囲を広げたのは当然で、もっと広範囲の圏内を対象とすべきであり、一般庶民の方も他の事ならまだしも、こと放射線に関しては政府の見解を鵜呑みにするのは大変危険といえるのではないでしょうか。
(過去の自民党政府の対応もこの事を証明しています)


JCO臨界事故のときは、危険性に関する教育も不十分なまま作業に当たらされていたJCOの作業員に、違法の作業をしていたと責任を押し付けていました。
その後の住民の被爆の調査もまったくのやる気なしの調査に終始。無責任という言葉を遥かに超越したお粗末さでした。

また、物凄い放射線量の中に決死の覚悟で飛び込んで臨界を止め、多くの国民の命を救ってくれた従業員には国民栄誉賞を与えて然るべきだったはずです。



このまま原発の被害が拡大すれば、レベル4あるいは5の危険度となります。
とにかく、これ以上の被害の拡大が起こらないよう願うばかりです。
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2011年03月15日

極限の聖地

「高潔なモラルと安全の聖地、日本。 崩れるのか?日本の安全神話」


テレビ・ラジオ等の報道により、次々とその悲惨さが明らかにされてきた東日本の大地震。

最初はまさかこれほどとは思っていませんでした。
津波の映像を見たときは愕然としました。そして、瓦礫のみが散乱する壊滅状態の町、増え続けるあまりに多すぎる犠牲者の数・・・

忙しくてなかなか報道を見ることができませんが、ラジオで身内・友人の無事を問い掛ける言葉に私も涙が潤んで来ました。
あらためて犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、行方が不明となっている方々が無事でありますよう願ってやみません。


被害はどこまで膨れ上がるのでしょうか・・・
医療の不全や救援物資の供給の遅れ。次々と問題が起きる原発。被曝をした人の数もどんどん増えていっています。


また、詳しくは分からないのですが東京にいる親戚によると、東京でもガソリンスタンドの多くは閉鎖、コンビニにも物資が届かないらしくカップラーメン等も不足しているそうですね。
それでも被災地の方のことを考え、皆節電をしていますが、停電の計画が二転三転して混乱を招いているらしく、「停電は全然かまわないが、言っていることが二転三転せず、きちんと秩序ある計画性を持ってやって欲しい」と言っていました。

指示系統がバラバラなのでしょうね。通常の民間企業ならそうはならないんじゃないでしょうか。




迫るメルトダウン

福島第一原発の3号機が水素爆発、そして2号機は冷却水の水位が急激に低下。そのことにより、原子炉内の中性子を制御・吸収する役目を果たし臨界状態にならないようにする「燃料棒」が、すべて露出する事態となったようです。

これは炉内を冷やすために最も重要で、止めてはならない「ポンプの状態の監視」を怠ったための人的ミスです。

作業員不足なのは理解できますが、自ら被曝覚悟で現場で必死の作業している作業員を横目に、作業の計画をし手順を決め指示をする立場である上層部の甘い判断(あるいは指示系統の曖昧さ?)からのミスと言わざるを得ませんが、今は誰かを責めている場合ではありません。

今後の対応が最も大事なことで、なんとか食い止めなければなりません。もうミスは許されない。

東電や原発の関係者が本当に大変なのは誰もが理解していると思いますが、国民は彼らに託すしかない。
判断の難しさもあるでしょうし、疲れきっていて大変でしょうが私たちは彼らにやってもらうしかないのです。


ひとつのミスから連鎖的に悪い事態となってしまうのが世の常です。
綱渡り的な計画ではなく、ミスやさらなる外的要因が起きることを前提としたダブル・トリプル、あるいはフォアのチェックと「オプション」を考えて計画・行動を起こすのが本当の危機管理です。
二重三重の「オプション」と「チェック」「バックアップ」の用心なしの考えの行く末は、運に任せるしかなくなります。

もちろん危険を顧みず必死に食い止めようとする彼らには本当に頭が下がります。大変でしょうが、なんとか食い止めていただきたい。

日本の安全神話が崩れれば全世界に大きな脅威と影響を与えてしまいます。


また、あまり情報を得ておらず詳しく分からないのですが、アメリカが冷却剤を供給しようとしたが政府は断ったそうですね。
ちょっと状況がよく分からないのですが、どういうことなんでしょうか・・・




これほどの大震災でも素晴らしいモラルと秩序ある行動で世界中から称賛を浴びた日本。
この震災で、日本人の凄さ・素晴らしさをあらためて認識できました。このような時でも他人を気遣い、順番を守り、譲る精神を失くさず、略奪もほとんどない。
日本人が持ち続けてきた驚くべき精神で耐え忍んでいます。

また、常に海外の国々に支援・援助をしてきた日本に対し、外国の方々も「今度は我々が日本を全力で援助する」と言ってくれています。
沢山の国の方々の多くの暖かい言葉に感動しました。


モラルと安全と治安では全世界の筆頭モデルとなる日本の安全が崩れるわけには行きません。
そしてそれが起きるという事は、未曾有の壊滅的な被害を齎すことになります。

臨界を超えてチェルノブイリの事故のようなことになれば、核爆弾が落されることと同じ意味となる。
都心部の被害も避けられず、日本の機能は停止しかねない。




※この記事を書いている時に少し揺れました。静岡の方で大きな地震がきたようです。

東電は他の震源地からの地震、あるいは原発に再びダメージを与えるような、もう一度大きな地震か余震が来るかもしれないことは想定しているのでしょうか。
考えられるあらゆるリスクを想定して事を運んでいるのを願うばかりです。

神に祈るのみの最悪のシナリオ。それだけは絶対に回避しなければなりません。
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2011年03月17日

「極限時の危機管理」 想定外を想定せよ!

「未だ極限状態の被災地と閉ざされた輸送・物流網」


昨日、朝日新聞朝刊に載っていた記事を読んで目を疑いました。

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>>対応に追われる東京電力の社員の一人は、ため息をつく。「官邸は何でも事業者(東電)に押しつけてくる。事態の深刻さは承知しているが、私たちが報告する相手は本来、保安院のはずなのに」
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浮世離れしているとは、このことです。
コメントから、とても「事態の深刻さは承知している」とは思えない。

未曾有の危機に晒されているのです。
政府官邸も原子力安全保安院もない。
政府関係者からドヤされることに嫌気がさす気持ちも分からなくはないが、事はそんなレベルの話しではありません。

保安院だけでなく、国民に説明する義務と国を運営・束ねる責務を持つ政府には逐一報告するのは当然の事だし、同時に即時国民に報告・説明するのも当然。
そのためを含めて現場で直接作業をしない背広組がいる。
身内だけでコソコソ対策を話し合って、勝手にやっていい訳がない。当たり前の話しです。

また、4号機から再び煙が上がりましたが、東電は離れた場所から眺めただけで鎮火と判断し、消火活動を怠っていたことが原因だったそうです。
他のことを優先しなければならなかったり、放射線量が多くて近づけなかった等が釈明理由ですが、危機意識が薄いといわざるを得ない。

地方の同じ電力会社社員の、原発の運転に従事していた定年まぎわの方が、志願して福島に向かったとの報道もありました。
本人も語っていたとされるように、大変な使命感を持っての行動でしょう。どこか他人事のような東電の背広組とは雲泥の違いです。





「燃料が足りない!」

被災地に救援物資が届かないようです。
全国から救援物資が届けられていますが、それを現地に運べない。特に燃料が足りない。トラック輸送業界も被災地で給油できないから運べないと嘆いています。

確かに都心部、並びにその周辺地域・近隣地域からは難しいのでしょう。
しかし、距離はありますが西日本からの協力体制は築けなかったのでしょうか?

一部の地域を除いて、西日本はまだ燃料があります。一般車両も普段と変わらず普通にガソリン・軽油の給油できていますし、一般家庭も普通に灯油が買えているのです。

西日本から、「物資を運ぶ車両」「物流車両の給油のみを目的とした専用車両」を同時に輸送させる。
また、輸送時に途中給油できる所を把握し、協力・提携し合い、途中で給油できるならばなるべく途中でも給油する。

こうなることは判っていたでしょうから、早めに対策を取っていれば間違いなく可能だったはずですが、多分、問題はこのようなことではない。
物資や燃料を輸送するのに許可証が必要だったりその許可証を発行するのに手間(時間)がかかったりしているのでしょう。

なんとワザワザ警察署に通行許可を取りに行かなければならないのだそうです。通常、平常時はこのプロセスを辿り、そして、すぐに許可がおりるわけではありません。

しかし、今は平常時とは違います。この期に及んでも普段と変わらぬ典型的な御役所仕事。
「臨機応変」「現場での機転」という言葉は、彼らには存在しないのでしょう。普段機転を働かす「クセ」がついていない人に、急にそのような判断は無理です。

また、輸送に及ぶ石油会社との連携を企業だけに任せ、他力本願で政府が調整役をしないことも原因です。
そう、極普通に融通を利かせていれば、すでに物資は被災地に沢山届けられていたはずです。




「危機状態が続く原発」

現在の福島第一原発の危険レベルはスリーマイル島の事故より深刻な状態だといえます。
6基ある福島第一原発の1基でも、誰も近づけない本当の制御不能となれば、連鎖的に他の5基も同じ運命を辿ることになります。


また、テレビに出演している学者たちはだれも最悪の事態に関しては話そうとしませんし、放射線のなかでも中性子線の怖さに関してもだれも説明しません。
電荷を持たない中性子線は透過性が高く、人体通過時に細胞の分子構造を変えてしまいます。

〇〇マイクロシーベルト以上は危険だとか、その程度では何々以下だから問題ないだとか、そんな話しばかり。

中性子線がどれくらい危険で、そもそも、大きな事故となった場合に一般の人々が大量の被曝を受けないためにはどうすればいいのか。

その答えは、原発から途方もなく遠く離れるという答えしかなく、それが正解であり、当たり前ですが、もしものことを考えるとそうするしか方法はないのです。
(但し、風に乗って広範の地域まで飛散する場合もあります。また、遠くに拡散イコール濃度も薄くなるということでもあります。)

しかし、政府や学者、マスメディアがそのような「話し方・説明」をする訳がない。
彼らの考えは、もしものことが起こらないことを前提とした考えであり、報道です。

つまり、言葉を変えれば、「もしものことは考えるな」「もしもの考えは必要ない」「大丈夫、もしもの事にはならない」 と言っているのです。

「屋内待機」の場合は窓を開けるなとか、換気扇を止めろだとか、ある程度の原発事故で被曝の心配はあれども、放射線量がそれほど深刻ではない場合の対策話ばかり。
(現在の放射線量に関する値や、その値の人体に影響を及ぼすレベル等、並びにその値での対策等の報道は必要なことであり、その内容自体のことを言っているのではありません)

一部の専門家たちが言っている、原子炉・格納容器・建屋の何重もの分厚い防御は、炉心溶融が起きても破壊されないという説は本当なのか…



原発事故に限らず、世の中の出来事で「もしも」のことは起きないと、神様以外だれが判るのでしょうか?

もちろん、私はいたずらに不安を煽っている訳ではありません。
ですが、至極当たり前の事を言っているつもりです。このような発言は間違っているのでしょうか?

その道の専門の人の言うことを100%鵜呑みにしてもよいはずはありません。現場の対策・計画・行動如何によって物事は大きく変わってきます。
机上の理論では通用しませんし、また、そのような生身の人間の対策の仕方や行いは机上で計算出来るものではありません。

それとも、政府・学者・マスメディアのいう通りの説明と対策だけを信じて行動していればよいのでしょうか。

平穏な場合の物事の判断と違い、私が危惧していることが「取り越し苦労」なら、それでよいのではないでしょうか。事は命がかかっているのですから。

パニックと途方もない数の国民を避難させることの大変さを考えてしまう人達の考えも分からなくはないのです。
ただ、純粋に政府や学者等の言うことを多少の疑問を持ちながらも信じている人たちを憂いているのです。
少なくとも、もう少し避難範囲を拡大しなければなりません。


自分の頭で考え行動しなければ大変危険です。
もちろん、その危惧が取り越し苦労で終わることを何よりも望んでいます。

posted by マーキス at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

メディアコントロール

「救助活動の多難」 「原発危機の光」

「阪神淡路大震災」を超える歴史的な大災害。東日本大震災の死者・行方不明者は2万人を超えました。
今後もさらに被害者の数は増えるのでしょう。

救助隊の救援活動、行方不明者の捜索も困難を極めているようです。
阪神淡路大震災の時は崩れた建物の瓦礫の下を捜索すれば、被害に遭った人を探し出すことができました。
しかし、今回の震災の場合は、遙か遠くに流されていてどこに人がいるのか分からない。瓦礫の下にも当然いない。

巨大津波の被害の恐ろしさは、亡くなった方々を探し出すこともできないのです。
用意してきた、瓦礫の下のどの部分にいるのかを調べることのできる最新機器も、その瓦礫に下にいないのですからまったく役に立たない。救助隊の方々も悲痛の思いでしょう。

救援物資もまだまだ届かないようです。厳しい寒さの中、燃料も相変わらず足らない。早く被災者に物資が届くよう我々は祈るしかありません。



東電は1・2号機の電源復旧に向けたケーブルの敷設を完了しました。また、海水の連続放水、並びに非常用の発電機が稼動したのと電源車を使うことにより、5・6号機の温度も下がり始めたようです。
冷却システムの復旧にしばらく時間はかかりそうですが期待がかかります。

いっぽう、一定の安定した状態にあるとされていた3号機で、格納容器の圧力が高まっています。
圧力を下げるため配管の弁を開放するようで、放射性物質が放出されるとともに再び予断の許さない状況にあるようです。

また、壊れた機器の把握と修理、緊急炉心冷却装置が使えないことによる注水の代替案・方法等、課題が残ります。

政府や東電は詳しい情報開示をするべきです。状況に至る理由等をはっきりさせない小出しした情報の発信の仕方をいい加減改めるべきでしょう。
ようやく一部では一筋の光が見えてきたようでもありますが、正確な情報・詳しい情報が国民に伝わっていません。




「情報の多様」

メディアが発信する情報には、多種多様なあらゆる思惑が交差したものがあります。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-90850/1.htm


上記の記事で、米政府は「半径80キロ以内」にいる米国人に避難勧告をしています。
他の国々でも同様で、シンガポールは100キロ圏内、これには記載されていませんが、110・120キロ圏内としている国もあります。

ここで、米政府の判断に対して米国内からも異論も挙がっているとし、日本の判断は「健康面への影響を最小限に抑える点で十分と考えられる」と日本政府の判断を評価。
そして、スリーマイル島の事故では、約16キロ圏内の住民に屋内待避措置。チェルノブイリ原発事故は、最終的に約30キロ圏内の住民が強制的に避難させられたと結んでいます。


このニュース記事は、情報の捉え方として非常に分かりやすい例だったので取り上げてみたのですが、まず、日本政府の判断をよしとした米国内の発信元は、「米原子力エネルギー協会」であり、そのスポークスマンです。

原子力エネルギーを推進する立場の組織が、そのような発言と発信をするのは至極当然であり、つまりそこには発信元の「ポリティックス」な思惑が含まれています。

また、スリーマイル島の事故にしろ、チェルノブイリの事故にしろ、実際にはもっと広範囲の住民が避難しており、スリーマイルでも今回米国が発令した圏内で、多数の被曝による癌等の病気や体の異変、そして野菜や動物の突然変異などが起きています。

何度も言うように「危機管理」は最悪の事態、あるいは相当な安全マージンを取った対策を行うべきであり、他国が広範囲の自国民に避難勧告をしたのは、政府の「危機管理」として当然の措置であります。

「米原子力エネルギー協会」(米エネルギー省も)の見解は、「現時点・現段階」の状況からの判断なだけであり、その後のリスク等を考慮しない判断は「危機管理」とは到底言えるものではありません。

スリーマイル島の事故があった当時、米政府は今回の日本の政府と似たような避難勧告しか行っておらず、自国の震災ではない日本で起きた事故では、「ポリティックス」の思惑から解かれた避難勧告の判断となっているのです。


国民には様々な人がいます。その中には上記の記事を読んで、その内容を額面通り捉える方も沢山いるはずです。
上記記事は、まだ読み手の判断がつきやすく、分かりやすい非常に稀な例です。

他には巧妙なディスインフォメーションもありますし、情報を上手く歪めたものもあります。
そのような情報の中には、「真実」を微妙に散りばめながら最終的に偽の情報を掴ませるなどの手法もよく用いられる方法です。

ほとんどが判断の難しいものばかりですが、少なくともその「発信元が誰であるか」、「どの組織に属する者であるのか」、「生い立ちからくる判断の違いや宗教的な思想の違いはないか」、その情報で「得する者・損害を被る者は誰(何)か」、発信元に「影響を与えた(与える)人物(出来事)は誰か」等。
多様な角度からの判断と、そのひとつの情報に対しての様々な情報収集・チェック(あるいはダブルチェック)が必要とされます。

現実には、一般の方がそのようなことまではしないでしょうし、不可能な部分もあります。
ただ、自分自身でできるだけのことは行い、自分の頭で考え自分の頭で判断することは重要なことだと思います。



なにか大変なことが起きた場合、いたずらに危険を煽ることは慎むべきだとの判断で、風評被害を懸念する声と考えも根強い。
しかし、たとえ心情としてはよくはない情報だとしても、「風評」と「近い未来に起こり得るであろうリスクを考えた危機管理」はまったく次元が違います。

今回の災害では、何度も言うように危機管理というものは想定外の物事を想定すべきものであり、その危機管理からくる措置が取り越し苦労であった場合・無駄で終わった場合よりも、「逆であった場合の被害の方が甚大」である場合を考え危機意識を持つことが必要とされるのであり、逆であった結果より良いのならばそうするのが正しい判断で、そのような判断から措置を行い、国民がすぐに判断・行動が起こしやすいよう、迅速に決定を下し、明確な情報発信を行うのが真のリーダーシップです。



メディアはありとあらゆる情報発信をして来ます。
特に主だったニュースでは、大きな組織・権力・力・財力を持ったものたちからの情報となり、そこには様々な思惑からくるコントロールが行われるのだという事だけは、頭の中に常に入れておく必要があるでしょう。
posted by マーキス at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

世界を変えてしまう「指導者の器」

「崩壊している気概と品格」


福島第一原発の3号機で、下請と孫請の作業員が溜まった水に浸かりながら被曝した事故において、2号機建屋地下の溜まり水が、1・3号機同様、通常運転時の1万倍の高濃度の放射性物質含んでいるとされることを明らかにしました。

また、18日に毎時500ミリシーベルトの放射線が2号機で測定されていながら、26日まで公表していなかったことも明らかにされました。

このような情報と測定結果があるにもかかわらず、作業員にそのことは知らせず、誰も作業前の点検・調査を行わなかったのです。
もちろん、それを行っていれば事故は間違いなく防ぐことができた訳です。マスメディアがいつもはぐらかす「防げた可能性がある」とは違います。

被曝の危険性があるような作業に対し、なにも事前の対策を行わず、作業員が身に付けていた防御に必要な服・靴等の装備にも何も気を配らなかったのです。

作業員の安全など微塵にも考えていない。命を完全に軽視し、安全対策は完璧に放棄したことによるこの事故は、結果が認容できない「過失(認識ある過失)」によるものではなく、そうなる事が予見され実現することが認容されていた「未必の故意」によるものであり、つまり確信犯であって、刑法に基づき処罰されるべきものです。
(この判断は当然の如く難しいもので、且つ、その判断によって処罰の有無がかかってくるものであるので、刑法上、大変重要な意味を持つものであります。但し、過失であっても民法上の賠償責任は逃れられません。)

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※注: 実際に裁判が行われた場合は、故意とは判断されない事例だと思います。まず「過失」となるでしょう。
作業員が注意を怠ったことも指摘されるでしょうし、非常時の混乱から連絡が上手くいかなかったなど、まず重大だとはされない比較的軽微な業務上の過失の判断となるでしょう。(つまり、多分に私の感情が含まれています。私的には、東電側はそう言われても仕方のない行為・対応だと思っています。悪しからず…)

なお、労働基準法の観点からも、使用者は「安全配慮義務」を負っており、契約上の使用者の責務として安全配慮義務があり、使用者がその義務違反により事故を生じさせてしまった場合は、債務不履行契約が生じます。
この場合、労働基準法所定のものだけでなく、民法の規定により生じる損害全部となります。
(誤解を招くおそれがあるので念のため追加記述しました)
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言葉もありません。

彼らには責任感というものがコンマ1パーセントも存在していない。
いや、もはや責任感という類で語られることのできるレベルではなく、人としての一線を越えてしまっている。

私は仕事上の関係で法曹関係からの依頼等の絡みから、いわゆるヤクザ組織に属する人物の話を聞く機会があったのですが、数々の無機質な対応の仕方をする東電と姿を見せない社長などに対して、彼らからして、「あいつらこそ本物だ(話の流れとして、この会話の場合は「狡さを極めた悪党」という意味で)」と言っていたくらいです。


翻って、天皇・皇后両陛下が、お住まいの皇居・御所の電気を一定時間使わない「自主停電」を15日から続けられている との報道がありました。

自分の置かれた立場を自覚された行動は、まさに身をもって範を示すお手本です。

ご自身が病気を患われたばかりだというのにまったく頭の下がることであり、私達も見習わなければならないと素直に思える行いでした。

これが「人の上に立つ者が皆に示す行いの見本」であり、今回の震災と原発危機で、自分たちの置かれた立場というものをまったく自覚していない政治指導者や東電の上層部の者達とは、まさに天地のへだたりです。

素晴らしい能力と国民性を兼ね備えた日本人ですが、日本という国を実質動かしている中枢にいる人物達が、頭は良くても身をもって範を示す気概と気骨、潔く清らかな精神をまったく持ち合わせていないのが最大の不幸ともいえます。


短い人間の人生に置いて、一人の人間が様々なものを身につけるのは難しい部分もあるのは確かでしょう。
厳しい資本主義社会の中で、人より上に行こうと思えば受験勉強・受験戦争に打ち勝つ努力も必要なのは偽りのない「現実」といえますが、その忙しさにかまけて親や指導する立場の人間が、人にとって大切なものを教育し指導することをお座なりにして来たといえるのでしょうか。



東日本大震災での犠牲者は、死亡者だけで1万人を超えました。まだ多くの犠牲者の遺体が発見されていません。
この自然災害による犠牲者だけでなく、人災といえる原発事故を原因としてこれ以上の犠牲者を出すわけには行きません。


平安時代に起きたとされる「貞観津波」の調査をした研究者が、2009年に行われた審議会で、福島第一原発を大津波が襲う危険性を指摘していたことが分かりました。

東電側の対応は、地震想定の引き上げも津波想定も行わず、つまり完全に無視。
もし、対策をしていたら非常電源なども被害から逃れ、このような恐ろしい原発事故は防ぐことができた可能性が大きい。
それに掛かる費用は、やらなかった場合のリスクと、もしもの事を考えた場合の甚大な損害に比べたら、微々たるものであったはずです。


また、政府は放射線に対して、「ただちに人体に影響を与えるものではない」と繰り返しています。

この放射線の与える影響等の調査では、「原子力発電所周辺での小児白血病の発生率」を調べた、ドイツの連邦放射線防護庁の疫学調査報告が世界中のどこの調査よりも詳細に調べています。

なんと、1980年から2003年の間に小児がん登録された5歳未満の小児がんを発症した子供すべてについて、原発施設から25メートル毎!に細かな調査を行ったようで、原発施設から5km以内に住む子供の、小児がんと小児白血病の発症のリスクが高いという実態が浮き彫りになりました。

ドイツ国内の16ヶ所の原発周辺での通常運転での調査です。
原発事故が起きた場合の影響は計り知れません。
世界でこれ以上の詳細な調査は行われておらず、日本の政府・学者の判断の信憑性は如何ほどなのか。


少なくとも、問題ないと言った政府関係者、並びに学者たちは、客観的な議論をするために、ドイツを含め外国からの専門家も沢山呼んで徹底的な議論をし、それを日本の国民、いや、全世界に情報公開するべきであろう。

放射線の怖さは、認識が甘かったじゃ済まされない。皆が大変なリスクを背負っているのです。
検証が乏しいかもしれない情報、知識が満たされていないかもしれない情報、あるいは隠蔽されかねないような情報をそのまま鵜呑みにすることなどはできない。

日本の政府発表も、身体に影響云々以前に平常時と比べて明らかに高い値なのに、問題ないと言い切ることのできる明確な資料と根拠を示していない。
少なくとも、通常より明らかに高い数字が与える影響に対する、ドイツの調査並みの資料があってはじめて言えるものであるはず。

そうでなければ、それは憶測に近いものであり、専門家はどの程度の知識や調査から政府にアドバイスをしているのか。
人類にはまだ完全に分かっていないことや、調査が足りず不確かなことが沢山あるのは至極当たり前のことで、それは例え専門家だろうが偉い学者だろうが、現時点では知り得ることのできない、全解明は不可能な知識のはず。


さらに、もうすでに誰もが承知しているように、3号機は「プルサーマル発電」で、プルトニウムを含む燃料を使っています。プルトニウムの半減期は数万年!といわれています。
専門的なことは分かりませんが、問題が起きた場合、非常に危険な原子炉であるのは間違いないようです。



東電の責任とその東電のズサン極まる姿勢を見ぬふりをしてきた当時の自民党政府の責任はとてつもなく大きい。また、アメリカにさえにも情報を渡さない、事の重大さが未だに分かっていない、現日本政府の低すぎる知性と器の小さすぎるくだらないメンツ。

そして、深く考えず政府の言いなりのまま、思考を他人に依存してしまった我々一般庶民自身も…




この福島第一原発の事故は明らかな人災です。この罪はどんな重たい刑罰でも償う事はできません。
これは、日本国民が自国の人間達に落された原爆であり、そして日本だけでなく全世界に宣戦布告をした戦争なのです。

そして、たとえ運良く最悪の事態は逃れたとしても、我々は自分達の子孫に大変重たい十字架を背負わすことになるのです。
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