2010年10月23日

堕ちた検察の威信 と 学閥ブレイン

「混乱する検察」

検察を揺るがす大阪地検特捜部による捜査資料の改竄・隠蔽事件。

捜査機関のなかでも高い位置・地位にある特捜部の、正義から著しく外れた犯罪行為とそれを積極的な意思を持って隠ぺいした行為は、国の治安と社会秩序を根底から揺るがすものであり、その罪はあまりにも大きい。

検察にとってこの事件の衝撃は当然大きく、その特権により手厚く保護されてきた検察官の身分ですが、前代未聞の過去に例のない大量処分を行う結果となりました。

検察側が受けた衝撃は計り知れないものでしょう。今、検察内部では右往左往の騒ぎと混乱が起きているはずです。

今まで検察官の信頼は厚く、検察の供述調書は高い証拠価値が認められてきました。

重要な任務からくる責任の大きさと重さを背負ったその能力に、治安を維持するための砦としての大きな信頼と権限を国は与えてきたのです。

行政機関でありながら準司法機関でもある職種の重さと、司法試験に合格した知性に特別な期待と待遇を与えすぎたのでしょうか?



「日本を動かす学閥ブレイン」

司法試験に合格した者は司法修習生となり給与を貰いながら(2010年廃止に伴い、貸与・後に返済する制度となる)修習を受けて最後に考試と呼ばれる試験に合格して、裁判官(判事補)・検察官(二級検事)・弁護士の法曹三者のいずれかの登録の資格を得ますが、この世界も実は学閥が明らかに存在するようです。

唯一「弁護士」だけは司法試験に受かりさえすれば学歴(学校名歴)などは関係が無いのですが、特に裁判官は司法試験合格者の大学別の割合からいっても、東大出身者の割合が多いようです。

(但し、大手企業の顧問弁護士などは、学歴の落ちる弁護士がなるのは稀といえるでしょう)

司法修習生考試試験に合格したあかつきには、どの世界に進むか選ぶことになりますが、東大・京大・慶応・早稲田及び中央など以外の地方の大学出身者が裁判官をめざすことはあまりないようですし、下級裁判所の裁判官の選考基準は明らかにされておらず、あるていどの学閥は暗黙の了解となっているようであり、任命は密室によるものといえ、東大出身者を中心とした特定の大学に集中しています。

(もちろん、あからさまに出身大学を選ぶという単純なものではなく、たぶん様々な判断基準を点数制で判断しているのではないでしょうか? 
つまり、東大なら○点、慶応は○点、修習の成績の優は○点、良上は○点などなど、定かではありませんが・・・)

また、出身大学だけでなく何回で合格したのか、つまり、一発で合格したのかあるいは2回目・3回目で合格したのか、また、上記の修習での成績なども選考判断の基準となるとも云われています。

これは学閥とは関係のない判断基準ですし、学力の実力をはかる上で当然だろうともいうべきもので、司法試験合格者自身も何度も受験して受かった地方大学出身者は、弁護士以外の選択肢は最初から持っていません。

そして検察官ですが、検察官のなかでも「検事総長」「次長検事」「検事長」などの認証官、並び職級の位の高い地位の人は特に、特定の大学出身者、優秀と名高い有名大学出身者が多いようです。

つまり、実社会に出ての社会人としての仕事の能力と実力、並びに法曹界での実際の能力と実力は別として、司法試験合格者のなかでも「裁判官」と「検察官」、そして検察官のなかでの高い位の職級の人は、更にその中の学歴エリートというわけです。

もちろん、学歴だけでなく学力も当然備わっている訳ですし、学力がある人物が有名大学出身であることは当たり前でもあるのですが・・・
(また、エリートとなり得る者でも弁護士の世界に進む人も、もちろんいます)


学閥は公務員のキャリア組の出世に関してなどは色濃いですし、ある程度は仕方のないことですが、度が過ぎると危険でもあります。
(内閣が任命する「日銀総裁」ですが、歴代の日銀総裁のなかで、近年に続く第15代から現・第30代総裁の白川氏まで、東大出身者ばかりだと思います)

実態は把握しきれていませんが、キャリア官僚を含め司法・行政等、国を運営するに当たって重要なポストに就いている方々が、ひとつの学閥、つまり東大出身者ばかりが出世し、そのポストに就く場合が多いと仮定するならば、実質国を動かす人物達がある意味同じ色の人間ばかりということになり、変化が起きず違った感性がその中枢に流れないということでもあり、動脈硬化を起こしダイナミズムが失われてしまうという事にもなりかねません。

現実には優秀な人を出世させるのは理屈ですし、優秀な人や超難関資格に合格する人に東大出身の人が多いのも当然でしょうし、逆に京大や一橋、早稲田・慶応などの他の優秀な大学出身者が重要なポストに就いている例も実際には多々あります。

ただ、日本の中枢での東大学閥はあらゆる所に根付いているのも、また事実なのです。(他有名大学も然り)

学閥に限らず派閥というのは人間のサガともいうべきもので、何かを基準とした仲間意識があるのは当たり前といえるでしょうが、ある程度のバランス感覚は大事なことでしょうね。


さて、この混乱は日々行われている裁判にも悪影響が出ます。
現在、危機感を抱いた検察の人事異動が非常に活発に行われており、弁護士側の様々な資料・材料の調達を待たず裁判の開始を早める要求をもしているようであり、少し混乱が起きてるようです。

もちろん、日程の制御までは検察にはできませんが、忙しいなか弁護士も急かされているようですし、慌しい異動での次担当者への引継ぎが確実に行われるのか甚だ疑問です。このような引継ぎには多くの弊害が出てしまうのは世の常でしょう。


法律のプロによる透明性のある裁判が必要とされるいっぽう、取調べの可視化は諸刃の剣を持っています。

物証が少ない上での供述も重要な証拠物件だったのですが、検事に権限を与えすぎたことによる調書の証拠能力を高く評価してきたツケが廻ってきたようです。そのことは悪いことばかりではありませんが、今後は別の形と要素からくる起訴が求められてくるでしょう。

そして一部の国民感情に流される起訴とならぬよう、法の下に法律に則る裁判と司法判断、並びにバランスの取れた取調べとそのことに関する更なる議論が求められます。
posted by マーキス at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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