2010年08月01日

進む道は第二の中国? 変化著しい「インド」

「過去の路線とは明らかに変わってきたインド」

「インドの進む道」

今年に入り、インドの中央銀行は政策金利である他の市中銀行への金利(貸付金利)の4度目の利上げをしました。

物価指数が上昇し続けており、インフレ率を抑える目的です。
上昇率は低下の兆しが見えず、今後さらにハイペースの利上げを行うようです。

旺盛過ぎる需要の広大時に常に起こり得ることで、ハイペースな利上げを行い、堅調な経済成長とするために次々と見直しが図られています。

GDP成長率も上がり、勢いを増しているともいえるインドですが、一方でミャンマー軍事政権との協力関係を築こうとしており、軍政の要人を厚遇で招いたとされています。

ミャンマー国境付近の反政府武装勢力の制圧の目的もあるのでしょうが、ミャンマー軍事政権との関係を深める中国が脅威となっていることは明らかであり、天然ガス開発への投資やインフラ整備等、積極的にミャンマーとの協力関係を深めようとしています。

その行動に対し、他の民主国家からの非難は必至であり、今までミャンマーなどに対しても中立的な態度を取ってきた日本も、開かれた民主主義国家として、また世界のリーダーの一員として断固たる対応と態度を示すべきです。

軍事政権と共存・協力するような国家や、また、それに加え、どことは言いませんが環境保護にも無頓着で癒着が酷く腐敗した国は、たとえ経済的イニシアチブを握ろうとも欧米の各国々がリーダーとして認めるはずはありませんし、その企業と官の腐敗、商業的な盗作に加え、学術的な盗作、そのことを気にもしていない歪んだ学問論理。

その、すべてにおいて欠落している道徳的倫理観等を国際世論は監視をし、真の精神的成熟が認められなければ繁栄させるべきではないし、繁栄するべき国ではありません。

長崎市で開かれる「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」に、「中国」と「インド」は欠席を表明。
「フランス」と「イスラエル」は出席の意向を示し、「アメリカ」はルース駐日米大使の「広島平和式典」の出席を決めています。
(インドはもちろん、「NPT(核拡散防止条約)」に加盟していません)

親日といわれるインドですが、日本は今後成長が認められるこの国との協力関係を維持しながらも、民主国家としてインドの政策路線に対し確固たる強い意志と考えを示し、「核のない世界」を実現しようとする世界平和のリーダーとして、バランスの取れた外交戦略が求められます。

インドを第二の中国にしてしまったら、世界が不幸になります。

中国とは違う真の自由主義と民主主義に則る成長の仕方が望まれますし、先進国の関与の仕方も、新興国に対し正しい成長の方向に導くような関与の仕方でなければならないことは、決してきれい事とは言えないはずです。


「今更のおかしな報道」

少しクドイようですが、変な報道がありましたので再び金元工作員の件について。

31日に報道があり、金賢姫が拉致被害者家族に「田口八重子さんは平壌にいる」と話したといいます。

周りに聞こえないように耳打ちして話したとされることに対し、マスコミを通じその事を話し、しかも今頃になって報道されたことは、いくら一般人の拉致被害者家族といえどもあまりに不自然です。

すでに一部では報道されていた既知の情報でもあり、わざわざ今頃になって、さも新情報のような報道は意図的なものを感じます。

それほど価値のない情報のみ小出しすることは分かっていましたが、いたずらに一般視聴者を煽るだけであり、未だに様々な情報がテレビのワイドショーで知ることができると思っている人達に金賢姫の批判をさせるだけです。

そのような思考の視聴者は金賢姫の「価値」が、 「20年以上前に北朝鮮にいた頃の拉致被害者の記憶のみ」しかない としか思っていません。

今回のような報道の内容程度ではまず大丈夫ですが、物事によっては国民の関心事や話題性が非常に大きい場合は、国民の感情が間違った方向に進むときもあり、大変危険なものともなることがあります。
posted by マーキス at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

高齢者との絆と犯罪 重要な「監察医制度」

近頃、時事日記ブログであるかのような様相を呈してきたこのブログ(笑)ですが、御了承下さい。

「名ばかりの高齢者」

ここ数日、東京都内で111歳と思われていた男性がミイラ化された遺体で発見されたり、都内最高齢とされていた、113歳の女性の所在が確認されないなどの事件が相次いでおきました。

男性の場合は家族の年金詐欺の疑いが濃厚とされているようです。
一連の報道では、名ばかりの高齢者が多く存在することが明らかにされるにつれ、その実態把握が困難であることが問題になってきました。

昨今のプライバシー保護の考えが浸透していることや入院や老人ホーム等への居所の変化、あるいは家族間での高齢者の頻繁な住居転移等も、実態の把握をさらに困難にしているようです。

家庭の事情は様々であり、色んな理由で仲が悪かったり喧嘩別れしたり、その他様々な理由により疎遠な関係になっている家族も少なくはないでしょう。

また、疎われた家族と一緒にいるより、一人暮らしをしたほうが幸せに感じる高齢者の方も沢山いるようです。


しかし、一連の報道ではもうひとつ大事なことが置き去りにされている気がします。

100歳を超える高齢者の所在が不明の場合、すでに亡くなっている可能性も大きい。
もしどこかで亡くなっているのならば、その「死因の原因」の究明も重要な事柄となります。

「死因」にはもちろん様々なものがあります。「心不全」「肝硬変」「腎疾患」「脳溢血」「脳梗塞」「脳血管疾患」「肺炎」「全癌」等など多様ですが、それを起こさせた原疾患を見定めないことには真の死因は分かりません。

若く健康な人が心不全で亡くなった場合は、その原因となるものが大量摂取による急性アルコール中毒かもしれませんし、睡眠薬等の薬物の大量摂取かもしれません。

上記のものであるならば、自分の意思で摂取したのか、人に無理矢理飲まされたのか、自分の意思の場合は自殺目的なのか、そのようなつもりのない単なる事故なのか。

死因となった「原因」を調べなければ、真の死亡原因が見えてきません。


あってはならないですし可能性は少ないでしょうが、今回の一連の事件を見る限り、現在の社会システムでは、もし仮に高齢者殺人が犯されている場合、巧妙な隠蔽を行えば比較的容易に完全犯罪が成立してしまうかも知れない欠点が明るみに出たといえるのではないでしょうか?

今回報道された事件の事を言っているのではありません。
最近は物騒な事件や信じられないような事件も多発していますが、親子や兄弟の親族間の目を奪いたくなる様な事件も多い。
高齢者に対してだけ事件の可能性がゼロとはいえないはずです。


日本では多くの殺人事件が闇に葬られている事をご存知でしょうか。

日本で監察医制度のある都市は、「東京・大阪・名古屋・横浜・神戸」の5箇所のみなのです。
その中でも正常に機能しているのは、「東京・大阪・神戸」のたった3箇所のみとも云われています。
(名古屋は制度が崩壊しているに等しい)

過去に沖縄で「トリカブト保険金殺人」という事件がありましたが、あの事件は被害者の知人が疑惑を抱いたことにより、監察医による司法解剖の要請をし事件が明るみに出たのです。

トリカブト事件は非常に稀な例であり、その死因にいささか疑いがあろうとも、監察医制度のない県では司法解剖・行政解剖等の精査は(ほとんど)行われないことが多く、相当な数の事件が闇に葬られているはずです。

また、厳密な「監察医」と呼ばれる「法医学の専門医師」自体が非常に少なく、日本の治安の良さは、モラルの高い国民性や行儀の良さ、きちんと確立された住民票制度や交番制度、単一民族、政治システム等の様々な要因から来るものであり、決して犯罪検挙能力が優秀だからではありません。

私の周りでも、知人の弁護士事務所が扱った事件で、明らかに関係者の連続した不審死が認められるのに、ただの事故死として扱われた事件もありました。


医学を学ぶ人達のほとんどが「臨床医」(つまり、病院で治療・診断をするお医者さん)となり、死者を扱う法医学の世界に進む人は非常に稀だそうです。

事件の原因究明に大変重要な役割をする監察医制度と法医学者。その充実なしでは国民の安全と安心、真の治安が維持できません。
制度の抜本的な改革と法医学者・監察医の待遇の改善等が早急に必要です。

死者の生前の人権を擁護することにより、社会秩序が保たれることになるのです。
posted by マーキス at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

「カラー 色彩」 視覚的な色の見え方

「色の見え方」

色とりどりの鮮やかなカラーで楽しませてくれる宝石。
今回、人間の色の見え方、色彩に関して話してみたいと思います。

以前の記事で、色には3属性があるといいました。

「色相(ヒュー)」:赤・黄・緑などの色あいを表す。(波長が関係)
「明度(バリュー)」:明るさの程度を表す。(反射率が関係)
「彩度(クロマ)」:色の鮮やかさを表す。(色の純粋さが関係)

上記が色の3属性です。

なお、黒・白・灰を「無彩色」といい、明度だけが関係します。他の普通の色を「有彩色」といいます。


では、視覚的な見え方にはどのような特徴があるのでしょうか。

「面積効果」
同じ色でも面積が大きくなると、明度・彩度、共に高く感じます。これを面積効果といいます。
同じHカラーだとしても、0.1ctのダイヤより、1ctや2ctのダイヤの方が「明るく鮮やかに」感じるということです。

宝石は物自体が元々小さなものなので、この「面積効果」をそれほどは感じませんが、例えば、家の外壁の塗り替えなどの面積が広く大きい対象物だと、この「面積効果」をより感じます。

塗装の色見本と実際に塗り替えした後の外壁を見て、イメージが少し違うという経験をしたことがある方もいるのではないでしょうか?
(面積効果だけの理由ではありませんが)

小さな色見本と広い面積で塗られた実際の外壁の色の見え方は違うはずです。

また、この面積効果の特徴から考えると、鑑定の際は対象物となる宝石の距離(観察距離)にも注意が必要だと思います。


「照度効果」
同じ色でも、高照度の所では、明度・彩度、共に高く感じます。これは当然でしょうし、イメージしやすいですね。

また、明るい所(高照度の所)では、緑〜黄の色が敏感に感じ取れ、暗い所では、青〜青緑の色が最も強く感じます。
(この現象を「プルキンエ現象」といいます)

当然、宝石の鑑定でもきちんと統一された照明の下に検査をされます。

作業面における水平面照度Eは、E=FNUM/A [lx(ルクス)] の式で求められます。(少し専門的になりますので、これ以上はやめておきます)

光源の色が変わると感じ方も変わってきますが、目が馴れると元の色に近づいて見えます。これを「色順応」といいます。
つまり、きちんとした色の見分けが必要な場合は、その光源に馴れるためしばらくは時間を置かなければならないということですね。
(他に「補色残像」や「記憶色」というものがありますが割愛します)


「明度対比」
同じ色でも、明度の低い色を「背景」にした場合は、実際の色よりも明度が高く見え、反対に、明度の高い色を「背景」にした場合は、実際の色よりも明度が低く見えます。

上記の特徴から鑑定の際、当然「背景」は大事なことであり、背景は白いソーティングパッドで統一された状態で検査されます。

これは「彩度」(鮮やかさ)に関しても同じような事が言え、「明度」と同じように「背景」に関係し、これを「彩度対比」といいます。


「誘目性」
沢山の色の中で、「目立ち易さ」を「誘目性」といいます。

一般に、高彩度の「暖色系」は誘目性が高いです。赤色などがそうです。
鮮やかな色のルビーやオパールの遊色のなかの赤色の遊色などは目立つということです。
(これはイメージが湧きやすいと思います)

緑色は「誘目性」が若干低い部類の色です。
結構目立つのではないか?と思うでしょうが、これは背景や近くにある他の色の「対比色」や照度や彩度が関係しているものと思われますし、この「誘目性」は心理的な影響もあります。


余談ですが、「安全色」と言われるものは、具体的な事物や抽象的概念を連想させる「色彩連想」を根拠に規定されています。

赤:禁止・防火・危険、等 
黄:注意、等
緑:安全・救護・衛生、等
青:指示・用心、等

などです。お馴染みですね。
一般的に連想される具体的あるいは、抽象的なイメージから、イメージしやすい色で決められています。

その「安全色」を引き立たせる効果のある「対比色」は、白や黒などの無彩色です。


色・色彩、あるいは照明などに関しては、他に「色調(トーン)」や「色の調和」、「配色」、「光(光束・照度・光度・輝度)」その他諸々、様々な事柄がありますが、かなり専門的な説明の仕方になってしまうと思いますので、割愛させていただきます。
ラベル:カラー 色彩 鑑定
posted by マーキス at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 宝石の特徴A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

御巣鷹山ー鎮魂の儀 日航機墜落から25年

暑い日々がまだまだ続くようです。
皆さんは盆をどう御過ごしでしたでしょうか。

パソコンにトラブルがあり、暫く記事の投稿ができませんでした。
盆の用事で忙しく、そのままにしていてようやく解消しましたが、今回のトラブルの他にも調子の悪いところがあり、そろそろ買い替え時のようです。


御巣鷹山の日航機墜落から25年

あの忌まわしい事故から、25年が経ちました。
パイロット等が書いた書籍などは何故か比較的読むほうで、その書籍などからもこの事故の壮絶な様子がうかがえます。

また、現在ではネットでボイスレコーダーの声なども聞くことができ、私も聞いたことがありますが、この日航機123便の機長の「最後の言葉」が頭から離れません。

最後まで必死で責任をまっとうした機長及びクルーの方々に敬意を表し、あのような事故が二度と起きないよう願わずにはいられません。


「衝撃的ニュース」

1985年8月12日、日本航空123便が消息を絶ち、墜落した可能性が高いと衝撃のニュースが流れてから25年。

盆の帰省ラッシュの時期でもあったことから、沢山の人を乗せたジャンボ機。520名の尊い命が奪われ、単独機では世界最多の惨事であるといわれています。

同機が過去にしりもち事故を起こしたことによるボーイング社の修理が不適切だったことによる、圧力隔壁の破損が原因とされています。

その際、尾翼・尾部の多くの部分が喪失していたとされ、さらにそのため油圧4系統全てが損傷して、エレベーターやエルロンも全く利かなくなって完全な操縦不能に陥ったそうです。

多分、電動で僅かながら動くフラップと左右のエンジンのスラストの強弱だけで必死のコントロールを行っていたものと思われます。

操縦桿と舵面を直接ケーブルで結んでいた時代の航空機などと違い、「747型機」等にみられる油圧系統が集まる機体尾部で大きなトラブルが起きてしまうと、全ての操縦が不能になってしまいます。

御巣鷹山の事故等を教訓として、ようやく油圧系統のバックアップシステムが取り入れられましたが、「DC-8型機」などのケーブル機の多くのパイロット達からその危険性を疑問視・指摘されていたにも拘らず、対策は常に後手に廻り、その結果あの大惨事の事故が起こったのです。

(このバックアップシステムは、実は御巣鷹山の事故後も数年間放置されていました。御巣鷹山の事故後も「ユナイテッド航空」が同じような3つの全油圧系統(DC-10型機)を失う事故を起こしました。何度かの事故の後、航空機メーカーはようやく重い腰を上げたのです。)


墜落場所は群馬県・長野県・埼玉県の境にある山岳でした。
どの県に落ちたのか。各県警本部には緊張が走ったことでしょう。その県の県警にとっては経験したことのない想像を絶する「戦争」が始まるからです。 墜落現場は群馬県でした。

夏の暑いこの時期での大惨事。
事故処理に携わった方達の大変さは想像に疑わしくありません。まさに地獄絵図だったことでしょう。

群馬県では、1984年に全国に先駆けて、県内で予想される大規模災害・事故等に備え、検屍・法医学の研さんを行う目的で、「群馬県警察医会」が発足されていました。
神様が群馬県を選んだのでしょうか。

次々と運ばれてくる遺体の検屍と身元確認は困難を極めたはずです。航空機事故は当然の如く遺体の損傷が激しいからです。

また、小さな子供の場合は、仕事と割り切れず、検屍に携わった人達は涙が止まらなかったそうです・・・


一瞬にして多くの犠牲者を出してしまう恐ろしい航空機事故。過去の事故を教訓として、航空関係者の全ての人々が事故を風化させず建設的な議論が展開される事を望みます。
posted by マーキス at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

「価格カルテル」と「必要悪」と「法」

「独占禁止法の難しさ」

以前、デビアスなどの価格カルテルについてブログの記事にしましたが、そのような問題はブログの1記事程度では多くを語ることはとてもできませんし、ホンの片隅を話したところで誤解を招かないように説明するのも困難なものです。

今回もその中でのほんの僅かな内容・一部の抜粋ですが、記事にしてみました。


日本での「独占禁止法」や「公正取引委員会」などは「消費者保護法」としての性格を強く持っています。

公正取引委員会の告発方針として、「国民生活に広範な影響を及ぼす悪質・重大な事案」という考え方があります。

この判断こそが、まことに難しい判断であり、特に「課徴金」が導入される前までは人員の少なさも手伝い、摘発する意味の薄さから活発には行われていませんでした。

建設談合を例に出すと、それまで公然と行われていた談合はある意味透明さがあり、数ある様々な公共事業の中で、談合に参加した企業の中の得意とする工事を企業選択の主な指針とすることなどにより、良質な工事ができるよう導かれたりもしていましたが、国民とマスメディアの強烈な突き上げに遇い、透明性のある談合から不透明な談合へ、そして淘汰へと導かれて行きました。

本来、建設業に関わらず、全ての公共調達にしろ民間事業にしろ、「良好な品質とそのなかで出来るだけ安価で安全、且つ平等」であることを「総合的に」求められることが、国民皆の利益となるものです。

例えば、オイルショック等が来て物がなくなったと仮定すれば、そこに完全な自由競争を与えてしまうと統制が利かなくなってしまいます。
争いを絶ち平等な富の分配を行うには、官を含め企業間の情報交換、話し合い、談合、適正な価格設定等が必要となります。

物の値段は安ければ良いというわけではありませんし、安ければ単純に消費者・国民のためになるわけでもありません。
また、企業間の話し合い・取り決めからくる価格カルテルの設定が必ずしも国民の不利益になるわけでもありません。

その微妙で複雑なバランスを、「話し合いによる値段の決定はだめだ」と単純な理由で排除しようとする行為は非常に愚かな行為といえます。
そこには、「利権」「一部の人間あるいは企業だけに利益が運ばれる」という感情も多分に含まれるのだと思いますが、安易な判断は経済のバランスが崩れてしまいます。
(もちろんその是非の判断が、そもそもあまりにも難しいものなのですが・・・)


高度成長期にインフラ等の整備を飛躍的に行ってきた建設談合が国民に与えた利益は大きい。
このことで他の業種、あらゆる業界が活性化し、税収も莫大な額となりました。
日本を代表する産業である自動車産業の活性化にも、建設業界の存在が少なからず関与・影響を与えていたのも間違いのないことです。

また、建設業界が他の業界にまで与える影響力は他の業界よりも大きい。
例えば、家電業界が活性化してその影響が他の業界にまで与える影響よりも、建設業界の浮沈が他の業界に与える影響の方が大きいといえます。


また、「独占禁止法」も寡占市場での有効性と中小企業間でのカルテルの摘発の差異に大きな疑問符が付きます。

単純に独占禁止法と公正取引委員会を消費者保護の立場だとの目線でみていては、弱い立場の人間、あるいは零細企業だけが追い込まれる場合もあり得るのだということにも注意が届かなくなる危険性もあります。

(法を決める側の人達は、最初からこの問題点は把握しているようです。問題はそれよりはるかに数で勝る一般消費者の意識です。)


また、建設談合排除の背景には、アメリカが介入・強く求めたことにより、摘発にさらに拍車が掛かった事情も少なからずあるようです。
悪いことばかりではないでしょうが、自国の利益を常に考えて行動している外国の要望を安易に受け入れていては、物事によっては我が国の国力の繁栄が阻害されてしまう危険性もあります。


「放送業界」

過去にGHQが占領した時に最初に押さえたのはラジオ局でした。
国民をコントロールするためにメディアを押さえるのは当然の政策でしょう。

そして佐藤栄作のもとで整備された放送免許制度からくる「放送利権・電波利権」の権力を握ったのが、「田中角栄」であり、竹下登や金丸信でした。

建設業界の「おやじ」だった角栄氏が日本の将来に与えた影響はここでも大きかったようです。

(そして、彼ら及びその後継者達が築いた「城」に土足で踏み込もうとして杭の頭を打たれてしまったのが、堀江貴文氏です。)

日本テレビの創設には当然莫大な資金が必要でしたが、正力オーナーがその資金全てを調達できた訳ではありません。
CIAがその影にいたのは大いに考えられることであり、日本のテレビ業界の創設にはアメリカの軍事的要素と思惑が多分に含まれていたはずです。


そしてトップが新聞社からの天下りばかりで、放送利権を握った政治家と親しく、政府に強烈に保護されながら既得権益を維持してきた業界です。
また、政治家からのコネ入社が多いのも、この業界が政府・政治家から特権を与えられてきた理由のひとつでもあります。

ちなみに、自社のアナウンサー等の社員に数千万もの給料を与えながらも、戦後、「地上波のテレビ局」は1社も潰れてはいません。
常に厳しい競争に晒されている他の民間企業では絶対にあり得ないことです。


また、話しが脱線しますが、今後のデジタル放送への移行には莫大な額の設備投資資金が必要とされます。大義名分に乏しい資金の国費投入は国民が納得しないでしょう。

利権に群がった権力者達が「国策」と位置付け、NHK/民放に税金を投入することは簡単なのでしょうが、アメリカやイギリスの成功したとはとても言い難い前例を見ても、数々の難題をクリアしようともせず、「何も動かない・国民の意向を考慮しない」日本の政府のこの政策は失敗に終わる可能性が大きい。


尚、放送業界は独占禁止法には抵触しません。
免許制の事業の上での自由競争であり、混信を防ぐための制限等も必要で、どうしても寡占市場とはなってしまいます。

そのこと自体は他にもそのような業界はありますし、職種の違いとして仕方のないことで、逆に必要とされる制度と制限であると思います。

問題はあまりに過剰な優遇措置です。
もちろんテレビ等のメディアは「セイフティネット」「ライフライン」としての重大な役割がありますし、国民にとって大切な情報源であり重要な存在です。
この優遇措置が国民に与えた利益も沢山あったのでしょうし、「必要悪」であった部分もあるのでしょう。

この独占禁止法の判断や公取委のあり方、あるいは必要悪の考え方などは、非常に判断が難しいものです。
また、このような短い記事と少ない例題等では偏った意見とも捉えられてしまうのも否めません。

ただ、建設業界と放送業界を取り上げたのは、その判断の難しさを問いたかったからです。
建設談合は「悪」で、一般消費者が建設談合ほどは叩かない(マスメディアがあえて身内は叩かないのでしょうが・・・)放送業界の利権と優遇措置は「悪」ではないのか・・・

ここで記述したことに限らず、少なくとも国民は「周りの雰囲気や風潮、流行」に惑わされぬよう、言葉を変えれば「他人に依存した思考」のみで安易に判断すべき簡単なものではないという認識が必要なのではないかと思います。

また、力を持った機関、及びマスメディア、あるいは外国の機関等が、プロパガンダやディスインフォメーションを行った場合の危険性も、察して知るべしだとも思います。
機関のプロ達にとって、「他人に依存した思考」の人間ほどコントロールが容易な人種はいません。


「自浄作用の時期」

権力と特権を持つ人達は、当然それを「行使すること」が出来ます。
すべての事業・商売において、許可や免許、届出、登記等、国や地方の自治体・機関が関与してきますが、国民の利益と生活基盤に対して話し合いが不可欠な公共工事には、特に官や政治家が入り込む余地が多く、天下り、それに伴う癒着などを生んできました。

(もちろん、天下りや癒着は、ありとあらゆる業種・業界に及んでおり、建設談合などより、早急に淘汰されなければならないものが多々あるはずです)

通常の民間企業は、大きな企業がたとえ財力と権威は持つことが出来ても、権力は持ち合わすことはありません。
民間企業のみでの話し合い等では、多少の欲目が働いたとしてもしれていますし、その分はきちんと仕事で還元するのが一部を除いて日本の企業の気質です。

そこに官と政治家が権力と特権を行使してきたのが最大の不幸であり、変な言葉ですが、「純粋な談合だけだったのならば」、たとえ官がその中に含まれようとも、その話し合いは国民の利益にもなる本当の意味での「必要悪」だったかも知れません。

「権力と特権を行使すること」そのものが悪いことばかりではありませんが、その使い方が問題となるのではないでしょうか。


しかし将来を見据えた場合、その部分の腐敗を排除した国民の判断は正しかったのかも知れません。

他業種にも多大な影響を与える業界の急速な排除・淘汰は相当な痛みを伴うものであり、今働き盛りの世代の人が生きているうちは痛みを伴ったままでしょう。
ですが、国民は子孫の未来のために崇高な自己犠牲を選択し、将来のある子供達に託したようです。

日本に限らず世界的なこの不況は、人類に何らかの自浄作用を求めているのかも知れません。
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2010年08月23日

ダイヤモンド 色の加工

「ファンシーカラー」

通常ダイヤモンドのカラーはDからZまでの記号・ランクで示されますが、カラーダイヤはそのような範ちゅうの枠の外にあります。

ピンク・ブルー・赤・オレンジ・グリーン・グレーなどの色のダイヤです。
これをファンシーカラーダイヤモンドといいます。ダイヤ好きの方はもちろんご存知ですね。

ファンシーカラーのダイヤモンドが採掘される確率は非常に低いものなので、かなり貴重で価値があるものです。

ピンク・ブルーのダイヤモンドは人気が高いようです。
トリートブルーのダイヤは最近よく出回っていて、比較的安価で楽しむことも出来るようになりましたが、「ナチュラル」のブルーで濃い目の色はなかなかお目にかかれないお品です。

イエロー・ブラウン系は比較的手に入れ易いカラーですが、イエロー系でも「アンダーNやS」は「ファンシーカラーダイヤモンド」とは認識されず、若干ランク的に価値は低く見られるのが一般的です。

ちなみに、ナチュラルグリーンのダイヤモンドでは、ドイツの「ドレスデン・グリーン」と呼ばれる約40カラットの美しい見事なダイヤモンドがあります。58面体のブリリアントカットでペアシェイプの素晴らしいダイヤです。


当然、人工的な放射線照射等の色付けのされたダイヤよりナチュラルカラーのダイヤの方が価値がありますが、ブラウン系のダイヤモンドを高温・高圧をかける事(HPHT処理)によってイエロー〜グリーニッシュイエローに変化させる技術も開発され(NOVAプロセスと呼ばれています)、識別方法も進んでいますが完全とはいえないらしく、注意が必要です。

また、「GE POLプロセス」のダイヤモンドというものがあり、「NONAプロセス」のダイヤモンドと同じく、高温・高圧をかけて処理されたもので、これはカラーグレードの低いダイヤが無色のダイヤに変わるもので、50%以上が識別不可能とも云われており、ダイヤモンドの「グレード・価値・価格」に直結する大変重要なことですので早急の対策が必要です。

このような処理は、人工ダイヤモンド等、工業ダイヤモンドの開発の過程から生まれた技術と思われます。

また、ピンクダイヤによく行われているといわれる、色をコーティングしている技術もあり、これは、特別な顕微鏡を用いて識別されるようです。

それと、インクルージョン等の不純物や割れ目などに充填剤を入れて肉眼では分からないようにする技術もあります。

これは私も何度か「中央宝石研究所」で見てもらったダイヤの中に、幾つかこの処理をされていたダイヤが含まれていたことがありました。
(ダイヤモンドはX線を透過するので、透過し難い他の物質は黒く見えることで比較的容易に判断できるようです)

いずれにしても肉眼では分からないので、専門の鑑定機関での判断を仰がなければなりません。

様々な技術が開発され、宝石の価値の判断はますます難しくなってきているようです。
このようなことがあるからこそ、信頼の置ける鑑定機関と鑑定書及び鑑別書などがとても重要になってきます。

特に高価なダイヤモンドは財産的な価値ともなり得るものですので、カラーダイヤに限らず、シビアで慎重な判断も必要だと思います。
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2010年08月27日

「権力の石」 コイヌール

「ダイヤはインドから始まる」

紀元前からダイヤモンドを産出していた「インド」
あまり歴史的な文献を残さないインドの、古い時代のダイヤモンドの産出の詳細は定かではありませんが、現在のような鉱山を掘っての産出ではなく、鉱山から流れ出たものを掻き集めたものだと言われています。

ダイヤを研磨する技術も産地であるインドで生まれました。

ダイヤのカットが一定の規模で行われているところは、「インド」「ベルギー」「イスラエル」及び「ニューヨーク」などです。

特に「ベルギーのアントワープ」のカッティング技術は素晴らしいものがあると云われています。


さて、インドから採れた大変古いダイヤで有名なダイヤモンドがあります。
そのひとつが「コイヌール」と呼ばれるダイヤモンドです。
(以前紹介したホープ・ダイヤモンドも産地はインド産といわれています)

インドを征服してムガール帝国を創設したバーブルが、打ち負かした軍勢の諸侯のラージャ(インド貴族の称号)からの献上物の中に含まれていたのが、「コイヌール」でした。

様々な征服者の手を転々と渡り、ペルシャに移っていたコイヌールを取り返した「ランジート・シン」からパンジャブを併合したイギリスに譲り渡されました。

イギリス女王に渡ったその有名なダイヤは、催した大博覧会で群集が殺到したそうです。

しかし、古代にインドで大きさを損なわないように研磨されたコイヌールは、想像ほどの輝きが見られなかったため、再カット・研磨がされ「186カラット」から「108.93カラット」となりました。

重量が減った(当然なのですが)そのダイヤをカットした人々には不運がふりかかったと噂も広まりました。
また、「コイヌール」を持つ者は世界の支配者になれるとも云われました。

伝説的な有名なダイヤには、常に様々な噂やエピソードが語られ、それがさらに誇張されたりして民衆の間に広がったりもします。

ダイヤモンドは、歴史の上でも常に「権力の象徴」「成功のシンボル」として神秘性をまとい、その存在感を示してきたようですね。


今日、「コイヌール」はロンドン塔の英国王室が集めた諸々の宝石と共にあります。
そこには、「カリナンT〜W」や「ブラックプリンス・ルビー(黒太子のルビー)」なども陳列されています。
(ロンドン塔もかつて監獄だったことから、様々な逸話があるようです。また、世界遺産の登録もされています。)

「コイヌール」は、1937年にエリザベス皇太后のために造られた王冠の、マルタ十字架の中央に埋め込まれています。
posted by マーキス at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界に轟いた有名なダイヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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